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伊藤みずかさん-1(トロント)|カナダ留学体験談

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留学体験談
伊藤みずかさん(トロント)

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カナダ留学体験記(1) 留学を決めた理由〜10年後の自分のために

名前 伊藤みずかさん 伊藤みずかさん
プログラム 語学留学
都市 カナダ/トロント
学校 Global Village English Center
期間 6ヶ月 (2002年1月〜)

「楽しいけど何かしっくりこない」

留学を決意したのは2001年の6月10日。通勤電車の中で突然思いついた。翌日には、毎日コミュニケーションズ海外留学サポートセンター(注:2008年10月より毎日エデュケーション。以下同)が発行している『毎日留学年鑑 カナダ留学』を早速購入していた。

以前から<何度か>英会話学校へ通っていたということもあって、いくつかの英会話学校の窓口で留学についての話を聞いてみた。それでも具体的なイメージがつかめず悩んでいたときに、この留学のガイドブックを出版しているところへ直接行ってみようと思った。そして、6月13日水曜日。事前に連絡をした上で毎日コミュニケーションズ海外留学サポートセンターのカナダ留学担当カウンセラーにお会いした。

今から4年前、1998年9月、会社の同僚と二人で行ったカナダ旅行がとても素晴らしかった。私にとって旅行会社を通さない初めての自由旅行だった。私たちは湖の看板を見つけては車を止め、カナダの大自然を楽しんだ。その広大さゆえめったに人には会わなかったけど、何度かは土地の人や旅行者と会話をする機会があった。そうした人々に話を聞くことで、ガイドブックには紹介されていない景色や、貴重な体験をすることができたのだ。でも、その情報はすべて、一緒にいた“英語が話せる友達”のお陰だった。

そして、翌年の1999年10月、フランスへ団体旅行で行くことになった。これがとてもつらかった…。時間は限られていて、自由時間はごくわずか。毎日フランス料理のフルコース、それが私の口に合わない。さらにバスで何時間も揺られての移動。お城はたくさん見ることができたし、各地を効率良く見てまわることができるけど。。。。『帰りたい!今すぐバスを降りて帰りたい!』そう思ったら、またあの素晴らしいカナダにもう一度会いたくなった。そして、英語でせめて日常会話程度はすることができたら…

そして、その翌年の2001年5月。10日間の予定でカナダへ旅行した。今度は自由旅行。しかも一人で!3年前のカナダ旅行を自分の力だけで再現したかった。英会話力は前と変わっていないけど、そばに頼る人がいなければ何でも自分でやらなくちゃいけない!と思った。ウィスラーでホテルを見つけたとき、フロントの方にバンフまでの車での行きかたを教えてもらった。レイクルイーズというところに着いたとき、自分の誕生日を迎えて、ホテルのバーの人がお祝いしてくれた。自分なりに成功したと思えることもあった。でも、“会話を通してカナダの自然に出会う”という経験はできなかった。この一人旅もとても素敵だったけど、欲張りな私は満足できなかった。カナダの一人旅から帰ってきて3週間。楽しい旅行から帰ってきたはずなのに、何かしっくりこない。

「今までの自分について考えてみた」

−いつも何か仕事に不満をもっていた。その時、職場で隣の人とうまくいってなかった。
−口も利いてくれないその人が大嫌いだと思った。でも、彼女にはとても好きなものがあった。
−周りをみわたしてみると、職場にいるどんなつまらなそうにしている人にも、みんなそれぞれ自分だけの“もの”を持っていた。

それは、いつか壊れたり、無くなったり、流行遅れになる”物”じゃない、“一生もの”。
私の一生ものって何だろう? 私は何が好きなんだろう?今まで、私は色々とやりたいことや希望があって、“さわり”だけだったとしても全てやってきた、と思っていた。でも、あまりにも欲張りすぎたせいで、自分が何が好きで、何が嫌いなのかもわからなくなっていた。何一つ続かないし、何も身についていない、残っていない。

虚脱感―――
遊びすぎた?一つだけでも続けていればよかった?
後悔―――
今から初めても何にもならない!
焦り―――
誰か、何とかしてよ!… でも、それは自分の問題。自分にしか自分を救えないのかもしれない…
自分の力で基本に戻ってみようという気になってきた。
今までやってきたという、その全てから、消去法で考えてみることにした。その中に、本当に自分だけのものがあるのかなぁ?何か残っていてほしい!パンドラの箱…
『英語』が一つだけ残った。

英語との出会いを思い出してみた。中学の頃、英語が面白いと思った時期があったけど、そのあとは、他の楽しいことに夢中になってずっと忘れていた。学校も理工系に進んで、文系の枠に入っている英語はあまり関係がないと思っていた。
他の“もの”との違いは?
今までやってきたはずのものは自分の中で全て“終わり”があったのに、英語だけは、自分の中でその区切りがなかった。英語だけが残ったという事実は、じつは自分にとってはあまりうれしくなかった。なぜなら、仕事でバリバリ使えればかっこいいけど、私がそうなるにはとても地道な努力が必要だし、これを“一生もの”として決めるには地味すぎて、いやだなと思ったから。もう一度、消去したものを見直してみた。他に何かできるものはあるの?考えてみたけどやっぱり無い…・。

「やっぱり『英語』だけが一つだけ残った」

あとはもう、「よし!」って決めてやってみるしかない!30歳で始めれば、40歳になるころは0歳の赤ん坊も10歳。赤ん坊だった子も自分の意見くらい言えるようになる。今、やれば、40歳には間に合う。逆に、今やらなかったら、40歳からの10年はもっと遠い。10年後の自分のために。そして、10年後にまた焦りや後悔をしないために…。

今まで“今が大切”といって行き当たりばったりの、その瞬間だけを楽しんでいた。“何年後の自分”についての未来予想図なんて、30年間生きてきたなかで考えたこともないし、考えられなかった。『だけど、どうやって設計していけばいいの?』『また自然消滅しちゃうんじゃない?』通勤電車の中、突然、思いもかけず、留学することを決めたのはそういう時だった。これができたら、全然地味じゃないかも。

“時期”は、できるだけ早く。冷めないうちに。だけど、思い付いたばっかりのことだから、準備期間は最低半年くらいは欲しい。だから、渡航は来年2002年の1月。“期間”は、1年はやってみたいけど、仕事は辞めることになるし、留学の期間、全く収入が無いわけだし、帰国するとしたら、それからの生活も考えなくっちゃ。帰国後アパートを借りる資金と、すぐに仕事が見つかったとしても、それからお給料が入るまでの1ヶ月間くらいの生活費を残したとして…・留学期間は半年。
それならなんとかなるかな?

出発は『翌年の1月』、期間は『半年』、に決定!

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