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S.Hさん(上海師範大学)26|中国留学体験談

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S.Hさん(上海師範大学)26

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中村先生への便り(26)  「麗江への旅の巻」

名前 S.Hさん (63歳) S.Hさん
プログラム 長期語学留学
都市 中国/上海
学校 上海師範大学
期間 6カ月 (2008年8月〜) 

中村先生

昨日夕方麗江より帰りました。
昨日帰途の飛行機の中で書きましたもの、取り急ぎご報告申し上げます。

麗江はご存じのとおり雲南省にある納西族(ナシ族)の街で上海から省都の昆明まで飛行機で3時間半そこから飛行機を乗り継ぎ30分かかります。

納西族の木さんが作った街で木さんの名前は明の朱元璋から朱の一部の木を貰ったそうです。海抜2500メートルのところにあります。

 

 

@ 明の時代の家並み
A ここには3本の大きな川が有るのですがその内の1本がここにある大きな山にぶつかり180度回転し長江に流れ込んでいるのです。もし流れが変わらなかったら今の中国は無かったと言われるほどの劇的な川であります。写真でみましたがUの字形に曲がっております。ここは見学すると1日がかりになる為、行けませんでした。
B 納西族の象形文字「トンパ文字」は今でも使われている象形文字として有名です。

「この三つともが世界遺産になっているところはここしかない。」と納西族の人は誇らしげでありました。


★ 麗江は寒かったの巻

今昆明を離陸し上海に向かっているところです。今回の麗江への旅で一番の印象?は「寒かった」ということです。

到着2日目にリフトで登った玉龍雪山の時は寒さでブルブル震えておりました。当地では部屋を暖かにするという発想がなく、どこも暖房設備がないのです。リフトの待合室の土産物屋も暖房はしてないんです。店員には小さな電気ストーブがありそこに2-3人がお客をほっぽり、固まって暖をとっておりました。温度はこの待合室で0度くらいリフトに乗れば零下です。(通訳の房さんがそう言っておりました。)

玉龍雪山の中腹で昼食をしましたが全く暖房をしている気配はありません。従業員は木炭を焚いて暖を取っていたのでそこに割り込んで食べました。従業員への配慮はあってもお客への配慮は全くなしでした。

幸い私の泊まったホテルは5つ星ということで暖房がありましたが、通訳の房さんの話では暖房設備のあるホテルは少ないとか。(私のホテルも夜中は暖房を切っているのでは、と思いました。)
ここの民族は納西(ナシ)族ですが少々の寒さは寒いと思わないのでは、と思いました。


★ 麗江古城の巻

麗江の観光の目玉の麗江古城は明代の家が残りその甍の波がなんとも見事なものですが、家そのものは商店となっており一言で言えばショッピングモールに来ている様なもので興醒でした。

この街を作った木さんの家(木府)は少し小高いところから見るとここだけ新しいことがわかります。立派な大きな家ですが新しいのです。もともとの家は文化大革命の時破壊されたのです。

木さんがどうなったか聞きそびれましたが、家を壊すのですから相当な暴力が行われたのは想像を絶するものがあります。文化大革命の凄さを感じました。


★ トンパ文字の巻

トンパ文字は今でも使われているそうですが、大変複雑ですからこれを使いこなす人は少ないのではと思いました。トンパ博物館では日本語を話す専門のガイドさんが説明してくれました。今日本からの観光客は激減しているそうで気の毒に思いました。因みに麗江には数十人の日本語通訳さんがいるそうですが日本人観光客が激減のいため職を代わる人も多いということでした。

この博物館ではトンパといわれる長老がトンパ文字を書いていました。観光客は私一人の為、買わなければ済まない気分になり、有りがたくトンパ文字を購入致しました。1枚200元とのこと
「いくらなんでも200元は高い。100元にして。」と値切りました。ありがたいトンパ文字を値切る人は少ないということでしたが、観光客が少なく少しでも収入が必要なことは明白ですから機嫌よくすぐ値引きしてくれました。


★ 民族音楽の巻

納西族音楽の演奏納西族音楽を聴く事が出来ました。なんでも1000年くらいの歴史をもっているとか。古楽器と歌ですが、なかなか良いものでした。

驚いたのは老人が多いことです。80歳代の人が6〜7人居ました。又老人たちが皆いい顔をしているのです。「風格のある顔とはこんな顔だろう」と大いに感激しました。

因みにこの納西古楽は宣科という人のおかげで生き延びたそうです。宣科さんは地主の出身で中学の教師をしていたそうですが文化大革命の時は20年間投獄されたそうです。
こんな経験があるから古老たちの顔に風格が見られるのでしょうか。

夜の8時から始まりましたがここも暖房がないんです。温度は私の感じでは0度から5度くらいです。
このまま聴けば風邪ひくと半分ほどでホテルに戻りお風呂いに入り、なんとか風邪をひかずに済みました。


★ 玉龍雪山の巻

玉龍雪山5,590メートルの山ですが麗江が2,500メートルのところにある為「高い山だなあ」という感じはあまりしませんでした。私の滞在中快晴でくっきり見えたのは全く運がよかったと言うほかありません。

最初に見た時の感動は第一は富士山 第二が華山 この山は第三に属します。

形が富士山、華山のほうがスッキリしているせいだと思います。


★ 若者たちの民族歌舞の巻

民族歌舞玉龍雪山の麓で若者達の民族歌舞があるのですが、これは見事でした。感動しました。

なにしろ300名くらいの若者達が歌い踊るのです。「参った」という感じです。北京オリンピックの開幕式の時と同じ発想ですね。「こんなことが出来るのは此処しか無いのでは。」と思いました。誰もが手を抜いていないことが分かります。

毎日やっているそうですが、300名のコストを考えると給料を余程低く抑えないと採算が合わないのでは、と感じました。


又「出演している若者達も歳とればこんな激しい踊りはできなくなる、その時はどうするのだろう。」と思いました。余計なお世話だと言われそうですが。

北京オリンピックの開幕式をここでは毎日見ることができるとという感じです。今回の旅ではこれがピカ一でした。ここでは野外ステージではありましたが寒さを感じなくて済みました。

では今日明日と上海で主要な歴史建造物を見て明後日帰国いたします。


【中村先生への便り】 全27回


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