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コラム「世界に魅せられて」第5回

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第5回:死を想う

佐藤 慧さん

studioAFTERMODE 所属
フィールドエディター/ジャーナリスト

佐藤 慧


国際協力の現場に携わり、アフリカ、中米などで経験を積む。
世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると実感し、命の価値や愛を伝える手段としてのジャーナリズムに希望を託して活動を開始。
言葉を探しつつ、風に吹かれ、根無し草のように世界を漂いながら、国家、人種、宗教を超えて、 人と人との心の繋がりを探求し、それを伝えていく。

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死はすぐ傍らにあった。

震災から2ヶ月が経った今も、東京と被災地を往復する日々は忙しない。節電の影響で多少街が暗いとは言え、東京のカフェでコーヒーを啜りながらこうして原稿を書いていると、被災地の現状がまるで違う世界のように思えてしまう。日常と非日常を行き来していると、どちらも自分自身から剥離した現実のように見えてきて、いったい自分がどこにいるのかわからなくなる。

こんなにも僕の心を乱すもの、それは母の死だった。未曾有の大地震、沿岸の町を襲った津波。延々と続く遺体捜索の中、震災後1ヶ月を経て再会した母の変わり果てた姿に、僕は心に膜を張ることで傷つくことを拒んでいるのかもしれない。

死はすぐ傍らにあった。

僕が7歳の頃、4歳の弟を小児がんで失った。僕が17歳の頃、19歳の姉を闘病後の自殺で失った。その度に死というものに戦(おのの)き、また、生の奇跡に感嘆し、生命の還流という人間の理解を超えた大きなものに想いを馳せたものだった。

時が経ち、いつしか僕はジャーナリストという肩書きで遥かアフリカの田舎にまで足を伸ばすようになっていた。紛争や貧困、病気、そこにはいつも死というものが着いて回っていた。明日の命もわからない人々と出逢い、視線を重ね、話し、シャッターを切ってきた。僕はその人たちの命の営みの奥に、死というもの、僕が理解したくてたまらないものを見出そうとしていたのかもしれない。

日本はおかしな国だ、と漠然と思っていた。1億3000万の人口がこの国で呼吸をしているというのに、道端で死体を見ることはない。毎日毎日、沢山の命を奪って生きているというのに、豚や牛が殺される瞬間は普段の生活から切り離されている。命というものが、オブラートに包まれたように、曖昧で、無味なものになっている気がした。

死を想うこと、それが今のこの与えられた命を輝かすのだと信じていたし、今でも信じている。しかし、その死というものを僕はまだどこかで特別視していたのかもしれない。

死はすぐ傍らにあった。

母の死は、僕にかけがえのないものを与えてくれた。震災後の瓦礫の町をあてもなく歩いていると、その足元に小さく芽生えた命に目が止まる。誇らしくその花弁を空に向かって広げるオオイヌノフグリの美しさに、時が止まったような衝撃を受けた。宇宙全てを包み込む命の還流というものが、ひとつひとつの生命の中に絶えず流れていることに気づき、今自分がここに生きていることの不思議を想う。

僕は世界を旅することで、未知の価値観に触れ続けたかった。しかし、僕に死というものを心の奥底まで染みこませたものは、日本での身近な、愛する人の死だった。価値観というものは、外から与えられるものではなく、自らが開いていくことで変わっていくものなのだろう。

生と死を想うこと、即ち人と触れ合うことは心の幅を広げてくれる。人はそこで、未知の体験の内に自分自身を発見するのだ。自分を開き続けたい。世界中のものが心の内に流れこんでくるように。悲喜の全てを受け入れていけるように。











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