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コラム「起業家のアメリカ留学回想録」第1回

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起業家のアメリカ留学回想録

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第1回:留学を決意!そしてアメリカの田舎大学への旅立ち

関根健次

ユナイテッドピープル株式会社
代表取締役

関根 健次


高校卒業後、アメリカの大学へ進学。卒業後は日本に帰国。2002年に26歳の時に起業。現在、ユナイテッドピープル株式会社代表取締役。世界の問題解決を目指すソーシャルビジネスを展開。イーココロ!を運営している。

高校2年生のはじめ頃まで海外に出たことがなかった私が、偶然カナダに行くことになりました。当時、先にカナダに留学していた姉を家族で訪問することが目的でした。人生は、大部分を自分で決めているようで、実は偶然というのでしょうか、縁とか外的な見えない何かに突き動かされていると感じています。人生に突き動かされている感覚。

それはいいとして生まれて初めての海外、カナダでの体験は驚きの連続でした。みんなが英語で会話していることだけでも驚きましたし、買い物で入ったお店の店員のフレンドリーさには驚いたものです。日本では形式的に「いらっしゃいませ」。あちらでは、「どうも。お元気?」と自然と会話につながっていく。何よりも驚いたのは、歩行者優先が徹底していたことです。とある田舎に行った時のこと。結構な幹線道路を横切ろうとしていると、通りがかった車がピタッと止まってくれるのです。なんだか申し訳なくなって、深々と頭を下げたくなりました。

海外に出る前までは、世の中のあらゆる事象について深く考えることなく、当たり前のこととして受け止めていました。日本では通用していた慣習やルールを、当たり前のものとして捉えていました。それが、外国では尺度が違う。なかには日本と180度ルールが異なる部分があるわけです。

カナダ旅行から帰国して、ものの見方が変わったのだと思います。それまで「当たり前」だったことが、そうは思えなくなりました。日本でそのまま大学進学して、順当に就職するという道がパッと消えてしまいました。全く未知の場所に身をおいて、自分を試してみたいと思うようになりました。

以後、海外への進学の想いを日に日に強くしました。一度は親に「絶対ダメだ」と一蹴されましたが、こちらも絶対に動かない、ゆるぎない決意でもって「行かせてくれ」と何度も頼み込みました。最後は親の根気負け。よくお金のかかる留学を許してくれたと思います。

その後、留学相談所を通じてアメリカの大学に進学が決まりました。アメリカに行くと、日本人がたくさんいるからできるだけ田舎の大学がいい。そして、大規模の大学に入ると、英語のできない日本人なんて授業についていけないから、小規模で、しっかり面倒を見てくれる環境の大学に行くべきだ。そう説得され、また、こちらも納得し、ウィスコンシン州ベロイト市という大変な田舎大学、ベロイト大学への進学が決まったのです。



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