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「日本人ママとキューウィー義父さん」第19回

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第19回: 末息子がついに家を買う

マクリーンえり子

エバコナ EVAKONA
学校長

マクリーンえり子

1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ) を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。

義父さんから経済自由人という観念を教えられ、早くからロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん、貧乏父さん」シリーズを読みあさっていた末息子は大学では経済学部を選んでビジネスを専攻した。彼が目指しているのは投資家になること。

大学の在学中からスーパーの夜勤をしたりして少しずつ資金をためていた末息子は大学を卒業すると、最初の1年は就職をせず、スーパーの夜勤を続けながら、昼間は下宿でコンピューターを使って株の売買を始めた。この実践中に彼の下宿を訪ねると、ベッドはなく安いマットレスが1枚、調理器具は鍋がひとつ、収納代わりの段ボール箱がいくつかと唯一まともなコンピューターが一台という質素な生活ぶりだった。結局、この初めての試みは末息子に大きな利益もたらすことはなかったようだが、その体験は大いに勉強になったようだ。

そしてその実験的独学の1年後に彼はセールスの職についた。今度は営業の基本を体験するという。その会社では環境を汚さない室内の温度調節システムの販売にあたったが、「人を納得させるセールストークの秘訣は、まず相手の状況を理解し、誠意ある助言をすること」などという彼を見て、あの末っ子の甘ったれがこんな風に人様に話しかけるようになったのかと母親は感慨無量だった。

しかしその仕事にはあまり長くたずさわることなく末息子は兄の住む南島のクライストチャーチに移り住んだ。彼は大学時代から通算5年ほどオークランドに住んだわけだが、オークランドの人口増加に伴う地価高騰に、まだ物件の安い南島に移る決心をしたのだそうだ。クライストチャーチではしばらく兄の所で世話になり、仕事を見つけ体制を整えると、車を買い下宿を見つけて彼はまた独立した。

その年の半ば末息子が嬉々としてクライストチャーチから家に電話をしてきた。「銀行から1千万円の住宅ローンのOKが出たんだ」。やや興奮気味に報告して、彼はその電話でずいぶん長く義父さんと話し込んでいた。義父さんはその時、住宅選択の基本や法的なことなど諸々のことを彼に助言したようだったが、それでも気になったのだろう、クライストチャーチの息子たちに会いに行こうと言い出した。

私たちの久しぶりのクライストチャーチ訪問は楽しかった。息子たち2人とは時間が取れる限り時間を過ごし、仕事の話や将来の話をたくさんした。もちろん末息子の住宅投資計画にも時間を割いた。彼によるとこの住宅はあくまでも投資なので、買った家は借家にして家賃収入でローンを返すと言う計算だ。彼はクライストチャーチよりもさらに地価の安いダニーデンに目をつけて家を購入した。寝室が3つ付いた家を買ったという。親としては順調なスタートを祈るのみだった。

末息子は自分の夢見る投資家になるために大海に乗り出したようだが、毎日が新しいチャレンジの連続だ。それでも若い彼はまだ疲れることを知らない。意欲的にやっていくことだろう。

その年に末息子から義父さんに父の日のカードが届いた。そこには「僕を今の僕に育ててくれてありがとう!」と書いてあった。義父さんは早速彼に電話をして礼を述べ、ついでに「君はそれを実はみんな自分でやったんだぜ」とやさしく付け加えた。






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