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「日本人ママとキューウィー義父さん」第4回

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日本人ママとキューウィー義父さん

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第4回:にわかファーマー

マクリーンえり子

エバコナ EVAKONA
学校長

マクリーンえり子

1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ) を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。

私達はフィティアンガの町中の約10エーカー(約40000u)の小さなファームに住んでいる。ニュージーランドに移り住んで3年目に自分の土地で馬を飼うという夢を実現させ、家を建てて住み始めたのだが、住んでみてすぐ広い土地の管理が思ったより大変なことに気がついた。

義父さんが移ってきたとき、私たちの土地には友達のサラブレットが2頭と私と娘の馬が2頭で、あわせて4頭の馬がいた。毎日、夕方になると娘と私は交代でパディック(放牧地)のあちこちから山のような馬糞をあつめてきて始末し、鍬を持って馬に食べさせられない雑草を取って回り、夏には近所のファーマーに頼んで干草を作りと乏しい知識でファームの管理に奮闘していた。

ところが義父さんがやってきてまず決行したことは馬を2頭にへらし、牛をおくことだった。彼曰く、

1.馬は強い前歯をもっていて、牧草を地面すれすれの根元まで噛み切って食べる。
2.また馬は蹄鉄をつけた蹄でパディックを走り回るので10エーカーほどの小さな土地に4頭もいると土地が荒れて牧草がどんどん乏しくなってゆく。
3.馬糞は液体状の牛糞と違って固く土地に返りにくく、10エーカーの小さい土地ではこまめに集めなければならないが、集めてしまうことで肥料が土地に返らず人口肥料がたくさん必要になる。
4.馬に対して牛は舌で草を食べるので牧草にやさしく、蹄も小さく牛糞も液状なので土地に返りやすい。

そこで私達は納得して馬を2頭だけに減らし、代わりに食肉用の子牛を8頭ほど購入することにした。

早速、義父さんはストック・エイジェント(家畜の仲買人)に子牛の購入を依頼した。しばらくして届けられた子牛は頼りなげで、全員固まって私達を遠巻きにしている。義父さんはすかさず簡易柵を作るためのワイヤーと簡易杭を使ってパディック(牧草地)を小さく仕切り始めた。そうしないと子牛たちは広いところを全部つまみ食いしてしまうのだそうだ。彼はワイヤーを使い子牛を上手に追い込みながら、たえず「カモン、カモン」と呼びかけている。
そして「牛はこうやって教えていくと追わなくても良くなるんだよ」と言う。

その日から義父さんは毎日ワイヤーのフェンスを移動させ、子牛を新しい牧草地に移すたびに「カモン、カモン」と繰り返し呼びかける。

驚いたことにしばらくすると義父さんの姿をみて、「カモン、カモン」を聞くと、子牛たちは彼の後ろをぞろぞろと付いて歩くようになり、自主的に移動するようになったではないか。そしてもっと大きくなってくると彼に続きながらピョンピョンはねまわってじゃれたり、牧草がもっと欲しいとか、水が欲しいとか何かあるとモーモ−ないて義父さんに訴えるようになった。牛がこんなに人懐っこいとは驚きだった。

しかしある夏の日に、私達は牛たちが10エーカーでは飽き足らなくなり、フェンスを破って、隣り近所に繰り出すという経験をした。
これはまさに肝を冷やす経験で、「お宅の牛が道路を歩いているよ」
という通報で私達は一家総出で回収にあたった。その年は雨が降らず、乾燥した夏の日が続き、牧草が払底してきたために我が家の牛たちは一斉に道路に繰り出したのだ。そして沿道の潅木を食べながら進み、あるものはよその庭に入り込み嬉しそうに手入れの行き届いた家庭菜園の野菜をいただいていた。

私達は「カモン、カモン」を連呼しながら走り回って何とか元に戻したが、そのときばかりは義父さんの「カモン、カモン」の威力に感服したものだった。



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