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「日本人ママとキューウィー義父さん」第8回

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日本人ママとキューウィー義父さん

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第8回:自給自足の教え (2)

マクリーンえり子

エバコナ EVAKONA
学校長

マクリーンえり子

1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ) を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。

ある時、義父さんが末息子に「豚を育ててみないか」と持ちかけた。
その頃、末息子は思春期の難しい時期に差し掛かっていて「学校の勉強がつまらない」だの「大人の規則はバカらしい」だのと言い出し始めていた。
そんな末息子に義父さんは子豚の値段、餌代、加工代全てをあわせて店で買うベーコンの値段よりも安く上がるようにやってみろと言った。その面白そうな提案に末息子はすっかり乗り気になりやってみることになった。

義父さんはさらに2つの助言を付け加えた。豚の餌の確保のためにカボチャのような簡単に育つ野菜を育てて市販の飼料をなるべく買わないようにする。また既存の豚小屋がだいぶ傷んでいるのでこの際きちっと作り直す。このプロジェクトには当時、我が家でホームステイしていた末息子と同い年の留学生も参加することになった。二人共意気揚揚。大人の力を借りずにやって見せるぞとばかりに意気込んだ。

早速、二人は敷地のあちこちを掘り返し、カボチャの種を蒔く。それは百坪ほどの面積に広がり、3ヵ月後にはカボチャが100個も取れる勘定だ。

ところがその計画には水遣りはまったく計算に入っていなかった。カボチャの苗はとてもホースの届く範囲にはなく、毎日、バケツ半分ほどの水を一つ一つの苗にやるのは大仕事だ。その上、2人のチームワークがうまくとれず、お互いに相手に依存するものだから、カボチャの苗は水不足で思うように育たない。それでも最後にはなんとか25個ほどのカボチャを収穫した。

豚小屋作りのほうも思ったほど易しくなかった。豚は強い鼻を使って囲いの下を掘り返して外に出てしまうので、囲いの塀は地中にもめぐらさなければならない。二人は囲いの下も深く掘りすすめ、古いトタン板を埋めた。ここではしばしばチームワークが乱れる。話し合い協力して進めていくべき作業だが、それぞれが勝手にやるものだからなかなか作業が進まない。

そうこうしながらもなんとか豚小屋も出来上がり、古い材木とトタン板の囲いが完成し、ついに子豚を2匹購入したのだが、その時には留学生の方は帰国が迫っていて、残念ながら彼は豚の成長を見届ける間もなく帰っていった。

さて、これで豚の世話はすべて末息子の肩にかかってきた。彼はさっそく収穫したカボチャを食べさせ始めたが、豚はどんどん成長し、25個のカボチャはすぐに尽きてしまった。もちろん家庭の残飯だけでは足りず、末息子は近所のレストランに交渉し、残飯を分けてもらうことになった。
それで毎晩9時過ぎると「悪いけど車で連れて行ってくれない」と低姿勢で私達に頼み込み、バケツを持っては残飯を貰い受けに出動する。

そんな風に一人で豚の世話に奔走する末息子を尻目に義父さんはほとんど手を出さない。時々「豚が痩せてきたぞ」とか「囲いが臭いぞ」とか助言を与えるが、末息子が問題にぶつかり、困り果てて聞きにくるまでほっておく。
そしてついにどうやっても餌が足りなくなった。大きくなってきた豚の食欲はますます旺盛で買った飼料はすぐなくなってしまい、これ以上買うのは不経済だ。息子は行き詰まった・・・・・。

ところが突然そこに救世主が現れたのだ。

義父さんから末息子の苦境を聞いた義父さんの弟の酪農家のジョーが「家に豚用のミルクがたくさん余っているよ」といってドラム缶に一杯持ってきてくれたのだ。彼の運んできてくれた豚用のミルクというのは毎日絞るミルクの不要なものをためておいたものですでに発酵してヨーグルト状になっていた。その臭いどろどろしたミルクをみて息子のほうが豚以上に大喜びしたのは言うまでもないこれで食糧問題は一挙に解決した。それ以後豚たちは滋養豊富なミルクをもらい益々肥えていった。

そしてついに豚を昇天させる日がやってきた。その日、豚たちはジョーのファームに運ばれていき、末息子は義父さんを手伝って全ての解体作業にたちあった。
この年、息子の努力の結晶でできた豚肉、ハム、ベーコンは格別に美味しかった。それがいったい採算に合ったものかどうか、カボチャつくりに始まる彼の労力を計算したらそれは高いものについたようだ。でもその経験を通して末息子の得たものはそれに勝るとも劣らないものだった。



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