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コラム「アジアの熱風」第11回

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第11回:国を捨てた若者

西尾 英之さん

英文毎日室長、ザ・マイニチ(旧 毎日デイリーニューズ)
編集長

西尾 英之(にしお ひでゆき)


1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。

かつてアフガニスタンの「助手」として数カ月間雇用した若者から、突然Eメールが届いた。「オランダで結婚しました。機会があれば遊びに来てください」

相手はオランダ人の中年女性らしい。頭の中は???マークだらけだ。アフガン人の彼がなぜオランダに?どうして年齢が20歳も離れたオランダ人女性と?アフガニスタン人としてもかなり小柄な彼が、背が高いことで知られるオランダ人女性と結婚?

彼を雇ったのはパキスタンのイスラマバード支局時代。カブール在住で記者経験のある「助手」を探していた私に、イスラマの知人が紹介してくれた。

カブールの名のある一族出身だが、一家は彼が幼い頃に戦乱を避けてパキスタンに避難。彼は国境の町ペシャワルで地元紙のアルバイト記者として働いていた。「故郷であるカブールに戻りたい。ジャーナリストとして故国の復興を手伝いたい」。記者としての能力は未知数だったが、そういう彼を試験的に雇ってみることにした。

当初、仕事の出来は「まあまあ」だった。電話やEメールで指示を出すと比較的短時間のうちに情報を送ってきた。月に一度、彼は給料を受け取るためイスラマの支局を訪れた。「カブールはどうだ」とたずねると、「ほこりっぽく大変だが、なんとかやっている」と答えていた。

だが「ウソ」は簡単に発覚した。知人が「あなたが雇った彼、ペシャワルに戻っているよ」と教えてくれた。彼はカブールに住んでいるように装いながら、私からの指示が来ると電話やメールでカブールの関係者に当たって、情報を集めていたのだ。

これほど見事にだまされたのは私にとっても初めての経験だった。彼を支局に呼び出して問いただすと、彼はその場で突然気を失って倒れた。いや、言い訳できないウソが発覚し、気を失ったふりをしたのだろう。私と支局のスタッフは言葉を失い、意識が回復した彼に「とにかくクビだ」と伝えて追い出した。

なぜ彼は、必ずばれるウソをついたのだろう。私はずっと疑問に思っていたが、彼から「オランダ人と結婚した」というメールが来て、初めて理解できたような気がした。アフガン難民とはいえペシャワルでそれなりの暮らしを送ってきたお坊ちゃんの彼は、カブールの生活に耐えらなかった。かといって、難民としてのペシャワルでの暮らしも不自由なものだったはずだ。欧州に憧れた彼は、オランダ人の伴侶を見つけて移住したのだ。

決して生活環境がよいとはいえないパキスタンに比べても、カブールは気候は過酷で治安も劣悪だ。午後になると毎日のように襲ってくる砂嵐。まだ日は高いのにあたりは暗くなり、数メートル先が見えない状態だ。町を歩いていても常に自爆テロの恐怖が頭を離れない。私自身もカブールを訪れるたびに、緑豊かなパキスタンと茶色のアフガンの風景の差に「この地で生きていくのは大変だ」と率直な感想を抱いていた。

アフガン人の欧州への移住は、政治難民でもない限りかなり困難だ。一番の方法は欧州の住人と結婚してしまうことだろう。彼がどういう方法で、年配のオランダ人女性を見つけたのかは一切不明だ。ブローカーに大金を払っての、移住目的の偽装結婚かもしれない。

だが不思議と彼を責めたりあざ笑う気持ちにはなれなかった。自身の「故国」でありながら、どうしてもそこになじめなかった彼。同じ地球上にありながら、先進国とそれ以外の格差。もし私が彼の立場だったら、同じ道を望んだかもしれない。

彼には「元気に暮らせ。仕事はあるのか?」とメールを送った。返事はない。移住の夢がかなっても、アフガン人が欧州で暮らしていくのは大変なはずだ。巨人の国のようなオランダで、彼は幸せだろうか?



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