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コラム「アジアの熱風」第17回

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第17回:タイ鉄道員の夢

西尾 英之さん

英文毎日室長、ザ・マイニチ(旧 毎日デイリーニューズ)
編集長

西尾 英之(にしお ひでゆき)


1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。

私は「タイ国鉄」のファンだ。特にバンコクから南北の国境に向けて走る夜行寝台列車に思い入れがある。寝台料金が高かった日本とは違い、安く手軽に利用できるタイの夜行列車には学生時代から度々世話になってきた。

南国の旅情を味わうには、冷房が利き過ぎて寒い1等車ではなく、窓が開閉できる非冷房の2等寝台車がお勧め。食堂車から出前してくれる辛い弁当をつまみに地元産ビールを飲みながら、窓を全開にして生暖かい風に吹かれるのは最高だ。

そのタイ国鉄のバンコクと北部の都市チェンマイを結ぶ「北部線」の運休が続いている。極度に老朽化した線路のため、脱線事故が頻発。7月には外国人旅行者を含む数十人が負傷する事故を起こして国際的なニュースになった。国鉄は9月から途中駅のシラアートから終着駅のチェンマイまでを運休とし、全面的な線路改修工事に乗り出した。だが当初予定の10月末までに工事が終わらず、運休は11月末まで延長された。

北部線は日本でいえば東海道線級の大幹線。運休すれば大騒ぎになるはずだが、利用客の混乱などの情報はほとんど伝わってこない。日本並みに整備されたハイウエーを走り列車よりも早いバスや、特急列車並みの値段で利用できるLCC(格安航空会社)の航空便に客を奪われ、さみしいことだが国鉄は長期運休しても大きな影響が出ないほど凋落しているのだ。

実際に現場で働く国鉄職員に話を聞いたことがある。彼らはそれなりに鉄道員としての誇りを持って働いていた。誰もが口にしたのが「予算不足」だ。予算がないため施設の更新ができず、サービスが悪化してさらに客離れが進む。「日本の新幹線は夢の鉄道だ」。地方の駅長はため息をつきながら、何十年も使われているという発車ベル代わりの鐘を打って見せてくれた。

実はタイ政府は、バンコク・チェンマイ間など国内の主要鉄道幹線に高速鉄道を建設する計画を持っている。現在の鉄道すら満足に管理する予算を持たないタイ当局に、巨額の建設費を捻出できるわけがない。当初私は「実現不能だ」とタカをくくってこの計画を無視していた。

だがその後、中国が建設支援に乗り出す動きがあることがわかってきた。国内であれだけ急速に、高速鉄道網を拡大している中国だ。南部の昆明から陸続きのバンコクまではわずか1300キロ。中国本土とタイが新幹線で結ばれれば、米国にとってのカリブ海地域や西欧にとっての東欧と同様、この地域は中国にとって「自国の裏庭」になる。「中国ならば、採算性など無視してほんとうにタイに新幹線を走らせるかもしれない」。そう考えて、あわてて計画を記事にした。

いま計画は、タイ政府からの受注へ向けて中国のほか日本、韓国やフランスも交えて激しい水面下の争いが繰り広げられている。日本には、東南アジアでの巨大事業受注とともに、親日国とされるタイへの中国の影響力がこれ以上強まることを防ぎたい狙いもあるのだろう。受注へ向けた動きは、国際政治と経済の大きな力のぶつかり合いだ。

タイに新幹線を建設しても、そう簡単に採算がとれるとは思えない。「夢の鉄道」が予算不足で今のタイ国鉄と同じになっては悪夢だ。駅長は夢の発車ベルを鳴らすことができるのだろうか?



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