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連載コラム「アジアの熱風」第18回

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第18回:タイの対立 いつまで続ける気なのか?

西尾 英之さん

英文毎日室長、ザ・マイニチ(旧 毎日デイリーニューズ)
編集長

西尾 英之(にしお ひでゆき)


1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。

屋台

▲2010年5月、タクシン派が占拠したラチャプラソン交差点付近で、
 集会参加者を目当てに車道で営業する麺類の屋台。(西尾撮影)

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この数日、タイ総選挙の混乱を報じるNHKのニュースに見入っている。状況に関心があるという以上に、NHKの「現場からの中継」が、私が勤務していた毎日新聞アジア総局の入居するビルの目の前、ラチャプラソン交差点から行われているからだ。

いつもこの場所で営業している宝くじ売りの女性や、外国人観光客に怪しげな英語で語りかけて食堂へ引っ張り込もうとする、故いかりや長介そっくりの客引きおやじ−−。中継の映像に顔見知りの人々の姿が映らないか、画面に目を凝らしている。

日本でいえば東京・銀座の中心部に当たる交差点だ。2010年のタクシン元首相派による反タクシン派政権への抗議デモでは、交通が遮断されてステージが組まれ、1カ月半に渡って「赤シャツ(タクシン派)解放区」となった。今回も1月中旬からステージが組まれて交通は遮断。違っているのは主役がタクシン派ではなく、黄色やピンクの反タクシン派だということだけだ。

この国は何をやっているのかと思う。タクシン元首相を追放した06年のクーデターに始まり、08年の反タクシン派によるバンコク国際空港占拠。10年のタクシン派によるバンコク都心部占拠では、軍の強制排除で日本人カメラマンを含む多くの死者が出た。そして今回は反タクシン派による選挙妨害だ。

まともに選挙を実施すれば、有権者の過半数を占める地方の農民層の支持を受けるタクシン元首相派が必ず勝利する。タクシン氏を既得権益の破壊者と見なして忌み嫌う軍、王室周辺の政治家や都市部の富裕層などこの国のエリート層は、軍部や司法などあらゆる力を使って選挙結果をひっくり返す。今度はタクシン派が反撃に出る。この繰り返しが延々と続いている。
選挙で政権を選ぶという民主主義の根本的なルールからすれば、正当性はタクシン派にある。

今回の反政府行動のリーダーのステープ氏は、08年の空港占拠に反政府の立場で参加し、10年には反タクシン派政権の治安担当副首相としてタクシン派デモの武力鎮圧を主導した。今度は反政府デモの指導者。本人は恥ずかしくないのかと思うが、何か「やむにやまれぬ理由」があって「損な役回り」を演じさせられているのかと、気の毒に思うこともある。

バンコクからの報道では、反タクシン派による占拠で観光客や富裕層がこの地域を避け、売り上げが激減している交差点周辺の高級デパートやホテルは悲鳴を上げているという。だが私の知っている交差点周辺で商売に精を出す庶民層は、もう少ししたたかだ。

2010年のタクシン派による占拠の時、交差点の客引きおやじは普段の観光客相手の営業方針を転換。少し身なりのよいタクシン派の集会参加者に声をかけまくり、食堂は夜遅くまで多くの客でにぎわった。軍とデモ隊の衝突が激しさを増し連日多くの死者が出るようになっても、商売っ気たっぷりのおやじは店を閉めず営業を続けた。

軍に包囲された「解放区」内にある総局に一人で立てこもり、毎日、彼の店で食事をしていた私は、おやじに「あんたはタクシン派か、反タクシン派か?」と聞いてみたことがある。「自分の考えはあるが、客ならどちらでもいい」。それが彼の答えだった。

タクシン派による占拠の際、参加者には「日当」が支払われていた。1日500バーツ(約1500円)とも言われた。金額は様々だろうが、デモ参加者のなかに、日当に釣られて参加した人々がいたのは間違いない。反タクシン派はタクシン派に比べると比較的豊かな層が中心だが、今回の選挙妨害でも参加者の水増しのために「日当」は支払われているはずだ。

私はテレビ画面に目を凝らす。あの時、タクシン派としてデモに参加していた庶民が、今回は「反タクシン派」のシャツを着て映っていないか。残念ながらまだ顔見知りは見つからないが、庶民がわずかな「日当」目当てにデモに参加していても、彼らを責める気は毛頭ない。庶民の暮らし、時にはその命までを人質に取って不毛な争いを続けるこの国のエリートたちへの、ほんの小さな意趣返しだからだ。

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