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「ここから始まった〜NGOスタッフへの道」第6回

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ここから始まった〜NGOスタッフへの道

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第6回:いつまでもチャレンジ!

■特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター(JVC):
カンボジアやラオスでは、生活の安定を目指す地域開発活動を、パレスチナやイラクでは、医療や食料を届ける人道支援活動を実施。現場と日本をつなぐ、政策提言、調査研究も重要な活動の柱です。「問題の根本に取り組む」これがJVCのポリシーです。
【活動地】カンボジア、ラオス、ベトナム、タイ、コリア、アフガニスタン、パレスチナ、イラク、スーダン、南アフリカ

■長谷部貴俊 :
英国留学で国際協力を学ぶ。現在アフガニスタン現地代表、東京事務所での事業担当を兼任。2児の父。

■日本に戻って

どうにか修士課程を修了し2年半に渡る留学を終え、日本に戻りました。研究したことを土台に、国際協力の中でもODAではなく、住民の視点からNGOにかかわりたいと思いました。
はじめの職場のNGOに入る前にきちんとした職歴はありませんでしたが、留学というよりは、学生時代にしていたボランティア活動を評価してもらい、行政との交渉をしていたならば法人化の担当は適任かということで採用が決まりました。NGOは企業と違い、新人研修はありませんので、先輩や同僚からいろいろなことを教わりました。手紙の書き方、伝票の書き方、名刺の渡し方という基本的なこともまったく知りませんでした。それらを周りのスタッフから教えてもらう毎日でした。入ってから3年間くらいは本当に使い物にならなかったなというのが自分の実感です。

自分でも少し組織できちんと仕事ができるようになったと思ったのは、ちょうどカンボジアに駐在してしばらくたったころです。部下のカンボジア人スタッフといっても自分より、10歳〜30歳年上の人たちなのです。現場に行くと日本人だからということだけで、経験も十分ある現地のスタッフが部下になることほど、怖いことはありません。そのような環境の中、自分の限界を知り、人の意見に耳を傾ける大切さを知りました。プロジェクトに関しても問題をきちんと把握し、カンボジア人スタッフと十分な議論をしながら、進めることができ始めました。あるとき「長谷部さん、とてもがんばっている」と間接的に自分の部下の方がそういっているのを知り、とてもうれしかったのを覚えています。現場での経験と留学での知識がうまくあわせて、仕事ができるようになったのは、カンボジア駐在の2年目でした。

余談ですが、子ども2人(当時2歳と0歳)と妻もカンボジアに行きました。厳しい環境の中、妻は子育てで大変でしたし、私も仕事と子育てが大変で、ある時、1か月以上睡眠が毎日4時間程度しか取れなく、一度体を壊してしまいました。食事はとれない、水も飲めないほどでしたが、医者は「過労だ。」と言いました。2歳になる子どもも、つらかったのでしょう。子どもが「もう、ぼく、カンボジアに戻らない。」と一時休暇で日本にいた時に、私に言いました。そのときの様子は今もはっきり覚えています。ちょうど家族で行って2年目になるころ、妻と子どもを日本の妻の実家に戻し、単身赴任をしました。


■JVCへの転職

家族との生活とのバランスは大変でしたが、前職のNGO活動は非常に充実したものでしたが、プラスしてやりたいことが生まれ始めました。

カンボジア駐在時代、スタッフのほとんどが内戦時代に親や親戚を殺されています。ポルポト時代、10代のころ1人で1年間山の中を逃げ回ったことがあるスタッフもいました。また、アフガニスタンやイラクでの戦争にやるせなさを思い、開発だけでなく戦争をしないというあたりまえのようで、世界から消えることのない問題に市民の立場から関われることはないかという思いがうまれたのです。

次の仕事のあてもないのに当時いたNGOのシニアスタッフに「仕事は充実しているけど、戦争をなくすということも考えたい。それができるような仕事を探したいのでやめる」とだけ伝えました。ちょうどそのときJVC東京事務所で専従のアフガニスタン事業担当を探しているということを聞き、迷うことなくJVCに参加したいという希望を出しました。

2005年6月にJVCに入り、アフガニスタン事業の東京事務所付けで担当しました。2007年からは現地事務所代表と東京事業担当を兼任しています。数か月に1度はアフガニスタンに数週間入り、事業運営、人事、安全確認などさまざまなことをしています。状況が非常に厳しいアフガニスタンなので、武装は絶対しない形でさまざまな安全対策を取っています。日本にいるときは、私はほかのアフガニスタン事業に関わる日本人スタッフが手分けして、毎日スカイプやEメールでアフガニスタン事務所と連絡を取っています。

また資金調達やアドボカシーでいろいろな方とお話する機会があります。企業の社会貢献室の方、地域のリサイクルショップで国際協力をしているNPOの方、国会議員や外務省職員、アフガニスタンで米兵。米兵には軍による援助の弊害を直接問題提起していますし、政府関係者とはアフガニスタンで起こっている問題を提起し、日本政府とは異なる意見を言うときもあります。


■留学で役立ったこと

留学で役立ったことは大きく言って3つあります。

1つは英語力です。今仕事ではアフガニスタンに関するレポートが国際NGO、国連、シンクタンクからいろいろ出ていて、情勢分析がかかせません。また自分でアフガニスタン東部の米軍司令官あてに軍が行う援助の弊害を訴える書簡を書いたりしました。短時間で多くの文章を読みこなすのは、留学時代の勉強の仕方が役立っています。

2つ目は分析力です。(私は賢い人間でないので、このことは大変役立っています。)イギリスでの勉強は、1つの設問に関して、さまざまな異なる学説や考えを読み、そのうえでなにがいいか、さらに新しく、いいものはないかというやり方です。現在アフガニスタン東部で実施している教育支援、地域医療支援でも現地スタッフ、いっしょに関わっている日本人スタッフの中で絶えず議論しながら進めています。さらに立場の異なる人々と政策対話をすることがあります。外務省の人だったり、NATOや米軍であったりします。彼ら、彼女らのロジックも理解しながら、自分の議論をすることは留学時代の経験が大変役立っています。

最後は、多様性でしょうか?留学時代はさまざまな国から来た生徒さんと勉強していました。考えや価値観が違う人たちといっしょでした。カンボジアやアフガニスタンでは日本では考えられないこともよくおきます。特に時間の観念と気質といったものでしょうか?一方、なにか共通して同じ物もあります。いろんなものや考えが世界にはあるんだな!というのは今も受ける新鮮な気持ちです。


今回で私のコラムの最後になりますが、留学を志す人、国際協力を志す人にお伝えしたいのは、個々人がおかれたさまざまな環境はあるかと思いますが、

 @ 気持ちがあればどうにかなる。(100%の形でなくとも、できるはず)
 A 志せばいつからでもできる、と思っていただきたいです。

私自身、同じ学校に留学していた友人(その後妻になりますが・・)に言わせると、ヒアリングとスピーキングに関してはとてもレベルの低いもので、「よくイギリスまで来たわね〜」というレベルでした。でもどうにかリーディングで補ったり、下手でも話すようにして伸びました。

また国際協力ついても、若い時期からNGO職員やJICAをはじめとするODAに関わる人もいますが、会社勤めをした後、専門性を生かし50代、60代からNGO活動を始めた人、国際協力を仕事とはしないけれども社会人をしながらNGOでボランティアをしている方々を多く知っています。ただ、知っていただきたいのは、留学しなければ国際協力ができないわけではないです。もちろんプラスになりますが・・・国連職員になりたい人は別でしょうが、留学経験はNGOの採用には関係ないですし、少なくともJVCは重要視していないと思います。私自身大切と思うのは、留学は履歴に残すものでなく、その後の生き方にどう実践的に活かすかです。

最後の最後になりますが、私は留学でイギリス、NGOでカンボジア、アフガニスタンという国に住んだり、関わることで自分の価値観が崩れいくのが新たな発見だと思いました。もちろん家族を第一に考えますが、これからもさまざまなことにチャレンジしていきたいと思います!



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