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コラム「Where there is a will, there is a way.〜意志あるところに道は開ける〜」第15回

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グローバルキャリア塾・連載コラム

Where there is a will, there is a way.
〜意志あるところに道は開ける〜

> > 文美月さん

第15回:私が韓国のバスケットコートに立つという意味 (2)

ヘアアクセサリー製造販売・リトルムーンを経営。
同志社大学経済学部卒業、日本生命の総合職を経て韓国留学、結婚・出産。2001年専業主婦で自宅のPC一台から起業。出産後の再就職が難しく「一生クビにならずに働くには、自分で自分を雇うしかない!」と感じたのがきっかけ。2004年〜最良最強のパートナーである夫が加わり、夫が社長に。ともにヘアアクセの商品オリジナル化を進め、特許取得、海外工場を作りSPA化。その後卸も開始。
●日本最大級の品揃えヘアアクセECサイト「リトルムーン」の運営責任者。2011年末時点のヘアアクセサリー販売総数は、375万点以上。
●2011 楽天Shop of the year ジャンル賞、2006年ジャンル大賞を受賞、ほかEC系受賞多数。
●約11万「いいね!」を世界から獲得(2011年末時点)するFacebookページの管理人。
●2010年〜大阪府のプロジェクト、大阪通販道場で師範を務め、大阪活性化に携わる。
●2010年〜ラオス訪問、日本でユーズドヘアアクセを回収して途上国へ送るCSR活動を継続中。
●起業、女性のキャリア形成、EC、facebookのビジネス活用等に関する講演も行う。

2012年5月11日(金)午前8時過ぎ。日の丸マークが入ったポロシャツを着た私は、少し緊張した面持ちで関西国際空港のロビーにいました。その日の午後からソウルで、バスケットの韓国戦が控えていたからです。しかも応援ではなく、自分の試合で。「韓国でいったい何が私を待っているんだろう!」というワクワク感と、試合の事を考えては少し胃がキリキリ。そんな期待感と緊張感が入り混じった気持ちで私はソウルへ飛んだのでした。

私は5/11〜13の3日間、ママバスケットボールの日韓親善試合で韓国を訪れました。日韓親善試合は昨年は大阪で行われ、そして今年は韓国チームが日本チームをソウルへ招待というわけです。私はその両方に参加出来た、とんでもない幸せ者です。

ママバスケットボール日韓親善試合前回のコラム「私が韓国のバスケットコートに立つという意味(1)」で訪韓への私の思いを綴っている通り、日本と韓国両方に縁が深い私にとってのこの3日間は、単なるバスケ遠征に留まらない意味の深いものでした。

ソウルの会場に入り両国の国旗が掲げられているのを見た時、「うわ、本当に来たんだ」と感じました。ただ、到着してすぐ試合のアップに入らねばならなかったのと、試合前にチームに漂うピリピリ感で、感慨に浸っている時間はゼロ。慌てて両国の国旗前で写真を一枚だけ撮り、気持ちを試合のほうへ切り替えました。

もう一つ会場で感じた事。「韓国選手とにかくみんな大きい!」。役員や監督さんなどにも相当な長身の方がちらほら。試合後に伺ってみるとやはり選手だけでなく役員さんにも元国家代表レベルの方が多いとの事でした。最も背の高かった選手は、ご両親・ご主人それぞれがバスケとバレーの元国家代表。韓国でも有名な一家だそうです。

そして第一試合。韓国選手のチーム運びの早さ、視野の広さ、そして体格、全てが格上。全体的に大きい上に、センター(背が高い人のポジション)は2人とも180cm超。リング下が強い上に外角からも3点シュートを決めるオールラウンダーです。当然ながらこの試合に出ているという事は、みな既婚者。
私のディフェンス相手もやはり180cmレベルでした。相手のリーチが長いので、私の打ったシュートを後ろから(ファールせずに)ボールだけ上手に叩いてきます。私は172cm強。普段の試合だと小さい方ではないものの、さすがにこの時は「ああ私って小さい、悔しい!!」と思いました。私は相手の大きさにシュートタイミングが狂い、この日は全然ゴールが決まらず。緊張も最後まで解けきらない感じでしたが、その分リバウンドは頑張り、走って速攻にも加わりました。かろうじて何とかチームに貢献出来た気がします。日本もキャプテンの方が元全日本キャプテン、他にも元実業団の方が大半(私は大したレベルではありませんが)。日本はそのメンバーを中心にいくつかいいプレーも出て韓国相手に健闘したものの、残念ながら負けてしまいました。

前回のコラムにもあるように、私が行く前に絶対に決めていたこと。それは、韓国の地で一点でもいいから得点をしてくるというもの。第一試合の調子が今ひとつだったので、私は気持ちを切り替えて、翌日の第二試合に臨みました。「今日こそ、決める!」
するとこの日はスタートからかなりリラックス出来て、最初の得点が決まった瞬間から私は自分の緊張が全て体から抜けていった感覚を覚えました。チーム全体もいい流れの試合運び。試合は残念ながらあと一歩及ばずの結果だったのですが、堂々の善戦です。終わってみれば私も11得点。自分らしい思い切ったプレーがいくつかでき、嬉しい事にバスケットカウント(ファールされながらも得点を決め、さらにフリースローが一本もらえる)もありました。パーフェクトとは言えなくても自分らしいプレーが韓国で出せて、本当に本当に清々しい思いでいっぱいでした。

今このコラムを書いている時点で既に韓国戦から一ヶ月経過しているものの、あの日どんなプレーをしたか今も自分の中で鮮明に思い出せます。バスケットのユニフォームを着てソウルのコートに立つ自分に本当に不思議な縁を感じつつ、あれだけの充実感を得る事が出来た事に、私はとても嬉しく思っています。また、普段日本でも一緒にプレー出来ないレベルの人たちと“体育会系”なピリっとした時間を共に過ごせた事も、大変いい思い出になりそうです。あれだけの上下関係は学生以来(笑)。

一日目・二日目とも、試合後は韓国チーム招待による食事会がありました。韓国語が出来るメンバーが私を含め何人かいたので、通訳となりながらコミュニケーション。昨年の親善試合でお会いした方も数名いらして今回の再会をとても喜んで下さいました。バスケットボールを通じたこのような素晴らしい交流が、これまでも日韓で長く続いてきたそうです。結婚してもバスケを続けながら、日韓で親善試合をするとは、なんて素敵な交流でしょう。今後も続いていく事を願います。

試合の後の観光では、仁寺洞や明洞、北村などに立ち寄りました。15年前に留学していた頃を懐かしく思い出します。今回は仕事目線でもなくかつての学生目線でもない訪韓です。私にはそれがとても新鮮で、純粋に観光気分を楽しめました。いつまでも変わる事なく緩やかに時間が流れる韓国と、大きく洗練された韓国。いつ来てもこの国は古さと新しさが共存しているように思えます。私はあまりにこの旅が良かったので、今また自分の中ですっかり韓国ブームになっています。

無事試合も終わった二日目の夜、東大門の屋台でチームメイトと韓国料理をつつきました。解放感もあり、もうどれだけ笑っただろうというほど楽しみました。私達はつい韓国焼酎を飲みすぎてしまい、翌日は二日酔い。先輩と韓国のコンビニに寄って、二日酔いに効くドリンク剤を探しました。二日酔いは人生で数度しかない私ですから、やっぱり韓国に来てからずっとどこかで緊張し続けていたのでしょう。

空港に向かう途中、昔下宿していた新村の近くを通りがかり、私は何とも温かい気持ちになりました。素晴らしい旅もそろそろ終わり。韓国のバスケットコートに立つという、こんなにもかけがえのない経験をさせてもらえて、私は幸せです。行かせてくれた家族にも心から感謝します。facebookでもリアルタイムでたくさんの応援を頂き、ありがたく思いました。面白い時代です。

そして、バスケットを諦めずにまた始めて本当によかった。もちろんこれからも、周りの素敵な先輩方がそうされているように、私はまだまだ自分の成長を信じてバスケットボールプレイヤーとしての現役を続けます。

ママバスケットボール日韓親善試合



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