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コラム「Where there is a will, there is a way.〜意志あるところに道は開ける〜」第5回

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グローバルキャリア塾・連載コラム

Where there is a will, there is a way.
〜意志あるところに道は開ける〜

> > 文美月さん

第5回:結婚・出産、そして起業

ヘアアクセサリー製造販売・リトルムーンを経営。
同志社大学経済学部卒業、日本生命の総合職を経て韓国留学、結婚・出産。2001年専業主婦で自宅のPC一台から起業。出産後の再就職が難しく「一生クビにならずに働くには、自分で自分を雇うしかない!」と感じたのがきっかけ。2004年〜最良最強のパートナーである夫が加わり、夫が社長に。ともにヘアアクセの商品オリジナル化を進め、特許取得、海外工場を作りSPA化。その後卸も開始。
●日本最大級の品揃えヘアアクセECサイト「リトルムーン」の運営責任者。2011年末時点のヘアアクセサリー販売総数は、375万点以上。
●2011 楽天Shop of the year ジャンル賞、2006年ジャンル大賞を受賞、ほかEC系受賞多数。
●約11万「いいね!」を世界から獲得(2011年末時点)するFacebookページの管理人。
●2010年〜大阪府のプロジェクト、大阪通販道場で師範を務め、大阪活性化に携わる。
●2010年〜ラオス訪問、日本でユーズドヘアアクセを回収して途上国へ送るCSR活動を継続中。
●起業、女性のキャリア形成、EC、facebookのビジネス活用等に関する講演も行う。

夫は、大阪出身の在日コリアン3世。社会人経験後ソウルの漢陽大学建築学科に入学、当時4年生でした。電話番号も住所も知らないはずの私の下宿を探してデートの誘いに来るわ、私の下宿に引越してくるわ、予測のつかない行動の連続に戸惑いつつも天性の明るさと何にも臆さない強さ(!?)に不思議な魅力を感じました。

自分のルーツに対して自然体な所も私と似ており、出会って一ヶ月で結婚の約束。互いに日本の家族や家庭環境も見ないまま無職の状態での約束。今思うと無謀そのものですが(笑)「雑念なしに自分で決める。誰のせいにも出来ない分、自分も努力する」と、今回も私は自分の気持ちを優先。「いざとなったら夫婦で屋台引っ張っても平気。健康でさえあれば」というくらい0からのスタートだったのが、かえって二人には良かったのかもしれません。

自分の人生の軸を探したくて、海を渡って韓国で勉強していた私。“偶然”旅先で出会った夫との出会いは、自ら行動を起こした先にある“必然”の結果だったのかもしれない。そんな風にも思えました。

*****

私は語学堂を無事に卒業して日本へ。1998年、夫の卒業・就職とともに結婚。彼は外資系通信会社のエンジニアとして家計を支えてくれました。二人の子供に恵まれ私は専業主婦に。出産育児は人生観そのものを変える経験で、今まで自分の事だけ考えていた私の視野をぐんと広げてくれました。

とはいえ育児に専念する日々が続き、韓国語は勉強し続けていたものの私は働けない事実に焦燥感を覚えていました。私が家庭に入って満足する性格ではないのを知りつつ「気持ちさえあれば後で取り返せるから。今は焦らないで」と励ましてくれる夫。「確かに子育ては楽しい。自分の選択だけど、私これで本当に良かったのかな」私は再就職活動に挑戦、予想通り厳しい結果に愕然としていました。

「仕事と子育ての両立って想像以上に大変。パート・正社員とか関係なく、育児しながら仕事をする全てのお母さんは凄い。なのに世間の理解ってこんなもの・・。二人の子供がいてそれでも自分らしく働くって欲張り?」私は複雑な気持ちを抱えて子育て中も自分に問いかけ続けました。

“40歳50歳になったらこうありたい”姿を思い描き、将来の姿に結びつかない雇用形態を自分の就職の選択肢から一つ一つ除外。「仮に今職につけてもそれが自分を成長させるかどうか?年齢を理由に解雇されたりしないか?一生クビにならない方法は何だろう?」悩み続けた私が得た究極の答えは、“自分で自分の雇用を創出する事”でした。

*****

「じゃあ私の強みを活かせる分野は?」自己分析をしつつ育児に追われていた2001年のある日、ふとFMラジオでK-pop特集が耳に入りました。しかもソウル2泊3日ペア旅行の懸賞が。韓国音楽と楽しかったソウルでの日々が妙に懐かしくなった私は、偶然ラジオを聴いたのも何かの縁と思い、ネットで初めての懸賞応募。ダイアルアップ回線の時代でした。すると一週間ほどして、なんと私にその旅行が当たったとの連絡が!!私と夫はひっくり返るほど驚きました。

当時次男は生後4ヶ月。いくらお転婆な私とはいえ授乳中の身で海外に行けるとは思えません。でも私が旅行を当ててしまった!「これは・・行けと言われてる気がする。」

インターネット時代の本格的な幕開けと共に、主婦も自宅で何か出来るのではと楽天市場に興味を持っていた私にはまさに渡りに船。私はわくわくしながら夫と相談し、普通の観光旅行はやめて商品を仕入れて戻ってからネット販売してみてはどうかという話に。「じゃ仕入旅行にしよう!」このときの二人の決断が、結果的に私がもう一度働く大きなきっかけになったのです。

ここからの私の行動は自分でも驚くほどの早さでした。その日中に本屋に行きネット販売のノウハウ本を購入。楽天市場に出店して商品を販売するには法人でないといけないらしい。翌日私は近所の図書館で法人設立の本を5冊借り、印鑑や定款などを作成、なけなしの貯金を資本金に充て法務局で登記申請。お金がないので当然全部自分でやりました。

哺乳瓶を片手に次男のベビーカーを押しての会社設立に、法務局にいた人々は私に“場違いだ”とでも言いたそうな怪訝な顔。が、当時の私には3年間の専業主婦生活でエネルギーが余り過ぎていたので(笑)、やっと何か行動出来た事が嬉しくてたまらず外部の声は何も気になりませんでした。「言いたい人は何でも言えばいい。結果出した人だけが残る世界だから」私はとうとう自宅一階にPC一台の会社を設立。自分の姓“文”の英語表記MOONにLITTLEを付けて“リトルムーン”としました、大きくなっても小さい頃の気持ちを忘れず謙虚でいられるようにとの願いと、自分の分身であるとの愛情を込めて。私は希望に満ちていました。

しかし、夫と私がソウルで寝る間を惜しんで買い付けた商品たちはネットでさっぱり売れず、結局閉店に追い込まれていくのです。立て直す時に発見したビジネスの原型のお話は、次回。



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