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コラム「ブータンの空の下から」第6回

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ブータンの空の下から

> > 片山理絵さん

第6回:ブータンの総選挙 その2

片山理絵

ハワイ大学東アジア言語・文学部修士課程卒。在学中にブータン王国出身の夫と出会い、一年半の遠距離恋愛を得て、2001年4月に結婚。知り合った時は、ブータン王国という国が存在する事すら知らなかったが、12年の在ブ生活を得て、ブータンという国の歴史と文化の奥深さを知り、次第にはまりつつある。現在3人の子供を育てながら、夫の家族が経営するペルキルスクールの経営に携わっている。

■ ペルキルスクール   http://www.pelkhil.edu.bt
2010年に開校した中高一貫の私立学校。2013年からプレ・プライマリーのクラスもオープン。現在は450名の生徒が在校する。

前回のコラムでは、2008年に始まったブータンの新しい選挙制度のしくみについて簡単に説明した。少し(かなり?)時間が経ってしまったのだが、今回のコラムでは5月31日に行われたブータン初の「予備選挙」の結果と、選挙にまつわるブータンらしいエピソードを紹介したい。

先ず日本では存在しないブータン独特の選挙制度である「予備選挙」について。「予備選挙」では各党の候補者というよりは、むしろ政党を重視したシステムが取られており、最も得票率が高かった二大政党が「本選挙」へと進めるという、所謂ふるいの役割を担っている。2008年の選挙では二党だけしか立候補しなかったので、予備選挙は無かったのだが、今年は五党が立候補の意向を示した為、ブータン初の「予備選挙」が執り行われる事となった。

PDP
▲これが問題になった「馬党」PDPのロゴ。


DNT
▲「桃党」DNTのロゴはなかなか写実的。


DPT
▲「鳥党」DCTのロゴ。


第4代ブータン国王
▲「鶴党」DPT。鳥は鳥でもこちらは鶴。

2013年5月において、47全選挙区から候補者を揃える事が出来、この「予備選挙」に参加する資格を得た政党は、前与党であるDPT (Druk Phunsum Tshogpa)、前野党であるPDP (People’s Democratic Party)、DNT (Druk Nyamrup Tshogpa)、そしてDCT (Druk Chirwang Tshogpa)の四党であった。

今年多くのブータン人が井戸端会議的に選挙の話をする時、政党名ではなく、各それぞれの政党ロゴを引用しながら話をするのを私はとても面白いと思いながら聞いていた。DPTは「鶴党」、PDPは「馬党」、DNTは「桃党」、そしてDCTは「鳥党」。もちろんそれぞれの政党ロゴに深い意味があるのだが、そんな事は全く有権者には関係無く、「馬党は、、」とか「桃党は、、」という風に人々は話していた。

実は前野党であった「馬党」ことPDPのロゴは、同じ馬でも前回と今回には違いがあった。2008年当時の馬は、前脚を空中に高く上げ、天高く飛翔する馬を政党ロゴとしたのだが、惨敗の結果多くの支援者が、「暴れ馬であった為、候補者が滑り落ちた」と指摘した。その指摘を真剣に検討した党幹部は高僧にも相談に行き、同じ意見を頂いたと言う事で、今回四本全ての足をしっかり地につかせ、しかもご丁寧に鞍までつけた馬を政党ロゴとした。日本人の感覚で考えると「政党のロゴを選挙結果と結び付けるなんて、、」と思うかも知れない。しかしここブータンではそれは非常に重要なポイントであった。

選挙キャンペーン期間中、前与党であったDPT党首は、「今回は二種類の鳥がいるが、この二つの鳥には大きな違いがあるので、決して間違えない様に。」と、繰り返し演説で言及していたのだから、如何にこの政党ロゴが今回の選挙においても重要なものであったかが分かる。ブータンでは日本の様に支持者の名前を書いて投票するというのではなく、字が読めない人、書けない人に配慮して、押しボタン式の電子投票を用いており、そしてそれぞれのボタンにはこの政党ロゴ「鶴」「馬」「桃」「鳥」が印刷されていた。

さて肝心の選挙の結果はと言うと、前与党であったDPT(鶴党)が全体の44.5%、全野党であったPDP(馬党)が32.5%を獲得し、本選挙へと駒を進めた。


最後にブータンの選挙にまつわるエピソードをもう一つ。ブータンの国土はおよそ九州ぐらいのサイズではあるが、場所によりかなりの標高差があり、ヒマラヤ山脈を挟んで中国チベットとの国境にあるガサ県では標高が4000メートル以上ある所もあり、有権者が各地区に設けられた投票所に行くまで大変な行程となる。遊牧民が多く住む地区においては、最寄りの投票所まで歩いて2日かかるというところもあるのである。

そこで、一人でも多くの国民に選挙に参加してもらう為、政府が考案したものは「投票手当」であった。歩いて一日以上かかる有権者には、一人当たり一日につき500ニュルタム(約850円)が手当として支給された。ブータンでの一日あたりの最低労働賃金が120ニュルタム(約200円)であるから、この手当の額はブータンの人たちにとってはかなりのものだった。この「投票手当」が投票に行くモチベーションとなったのかどうかは分からないが、今回ガサ地区における投票率が予想以上に高かったのは特筆すべき点だと思う。

次回はいよいよ7月13日に行われた「本選挙」の結果と、そしてその結果に対する私的意見を書いてみたいと思う。次回もお楽しみに!



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