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コラム「違う言語を学ぶことによって違う自分が生まれる」第5回

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違う言語を学ぶことによって違う自分が生まれる

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第5回:紛争後にキルギスに戻りました

サマコワ イバラットさん

NPO法人ジャポン・キルギス・ビリムディギ
代表

サマコワ イバラット

2000年、キルギス民族大学東洋学部日本語学科に入学。第一言語として日本語、第二言語英語を選択。2005年、大阪外国語大学日本語日本文化教育センター入学。2006年千葉大学法経学部法学科入学。2010年同大学卒業。2010年春、中央アジア地域の観光・留学業務を行う旅行会社に勤務。2010年11月からは、(株)毎日エデュケーションに転職。2011年3月からはキルギスにて、NPO法人ジャポン・キルギス・ビリムディギ代表として活動。
「日本であまり知られていないシルクロードの中央アジア地域を積極的にアピールし、一人でも多くの日本人に中央アジアを知ってもらいたい。そして、キルギスと日本の架け橋になりたい」
【話せる言語】 キルギス語・ロシア語・日本語・英語
【将来の夢】 10ヶ国語を自由に話せる人間になりたい

2010年8月に私の祖国キルギスへ戻りました。自分が日本に留学に来てから毎年のように帰国し、必ず夏休みは家族と一緒に過ごすようにしていたのですが、今回はいつもと違う夏休みでした。

2010年6月から日本で始めたキルギス南部紛争犠牲者支援のための寄付金(25000ドル=11万5000ソム)を現地に届けることが主な行動でした。この寄付金には今年6月28日に毎日エデュケーション「グローバルひろば」で開催した報告会の参加費と同イベントがきっかけで寄付をしていただいた皆さんからの金額も含まれています。

オッシュ市の学校にて2日間でキルギス南部のオッシュ市とジャラル・アバード市を訪ねました。

キルギス、ウズベク、ロシア系の子どもたちが教育を受けるオッシュ市の小中高学校ではキルギス語(国語)とキルギスの歴史の教材が不足していると聞き、日本で集めた寄付金で同市の本屋で必要な教材を約1000ドル(41400ソム)分購入し学校に届けました。学校の先生たちも子どもたちも大喜びでした。

私たちは子どもたちが国語であるキルギス語とキルギスの歴史を学んで、様々な民族の子どもたちがお互い尊敬し合って育っていくよう願いました。


そして、次に向かったのはジャラル・アバード市にある65人の子どもたちがいる児童養護施設です。キルギス、ウズベク、ロシア系の子どもたちが皆仲良く遊んでいましたが、民族を問わず「親のいない子ども」として生きるのに一生懸命でした。

児童養護施設にて私たちにできることは本当に小さいことかもしれませんが、日本で集めてきた寄付金の約500ドル(21,250ソム)で、筆記用具、お菓子、そして秋冬用の洋服を現地で購入し、子どもたちに贈りました。

児童養護施設に到着すると、あっという間に私たちの車は子どもたちに囲まれ、私たちが持ってきた贈り物を子どもたちは施設の中に運んでくれました。


ホールまで進んでいくと子どもたちはすでに贈り物をきちんと並べて、7歳から15歳までの子どもたちが小中高グループに分かれて並んでいました。お土産を見て目がきらきらする子どもたちの姿を見て私が胸が熱くなりました。私たちが持ってきたお土産でその子どもたちの心が温まって、私たちはその子どもたちに幸せを届けることができたと信じています。

日本でたくさんの方がたに寄付していただいたお金は、キルギス南部で一番苦しんでいる犠牲者である子どもたちの将来のために使わせていただきました。子どもたちの幸せを願って、私たちは今後とも活動して参ります。11月末までには寄付金の総額、寄付先と写真などの報告を詳細情報を在日キルギス協会のホームページと毎日エデュケーションのブログにもアップして公開する予定ですので、もう少々お待ち下さい。



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