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コラム「世界人への一歩」の第2回

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世界人への一歩

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第2回:夢の留学

シャリポヴ・ウミドさん

横浜国立大学経営学部4年(連載当時)

シャリポヴ・ウミド

2005年、母国ウズベキスタンのウェストミンスター国際大学経営学部入学。2006年、国費留学生として東京学国語大学日本語教育センター入学。2007年、横浜国立大学経営学部入学。現在に至る。卒業後は外資系金融機関勤務予定。大学時代は、日本語スピーチコンテストで優勝したり、学生広報サポーターとして活動。2010年マレーシアでの国連主催グローバル模擬国連(GMUN)参加など、学内外で活躍中。将来は金融のプロフェショナルになり、金融の側面から母国をはじめとする途上国の企業や経済をサポートし、より豊かな社会作りに貢献したい。

2006年4月4日、私の青春時代の一番大きな目標であった留学が実現しました。朝の8時ごろ私が乗った飛行機が成田空港に着陸して、私の「人生」という小説の新しい章が始まったのです。

最初の一年間は私の人生の中で一番きつくて、一番楽しい一年間でした。何故きつかったかというと、一年で「こんにちは」と「ありがとう」しか知らない私の日本語能力を、日本の大学で勉強できるようなレベルまで上達させるのが簡単ではなかったからです。ところが、40ヶ国から来ている70人ほどの留学生と同じ場所で勉強し生活するのが楽しくて面白かったのです。日本語学校の友達の多くは日本へ来るのが初めてで、彼らと一緒に一年間日本のことを発見し続けていました。

ところが私にとって一番面白くて勉強になったのは世界中の人々にはそれぞれの独自の考え方や常識があることに気づいたときでした。例えば、私自身がイスラム文化が生活の隅々まで浸透している環境で育てられたので、人にとって何らかの形での宗教が欠かせないものであるのが私にとって常識でした。

ところが、ある日授業で宗教の議論をしながら、「宗教はなくてもいいでしょ、宗教は要らないでしょ」と友人のコロンビア人が発言したとき、私は日本へ来てはじめてのカルチャーショックを感じたのです。それは私にとっては、おそらく戦前の日本人に「天皇は要らないでしょう」というのと同じだと思います。私が様々な文化や環境で育てられた友人から刺激を受けながら日本語学校で暮らした一年間は、まるで世界留学でした。

来日して2年目から私は横浜国立大学で勉強することになりました。日本語学校の修了式で、私の日本でのホストファミリのお母さんが言っていました「本当の留学はこれからだよ」。確かに、横浜に来てから私にとっての日本留学が始まったのです。何故なら、最初の一年間は留学生同士で住み、日本人と接する機会がほとんどなかったからです。大学に入った頃、留学生である私にとって友達を作るのが大変でした。

そこで、サークルに入ったり、広報サポーターのような大学内の様々な活動に積極的に参加し、日本人と接する機会を自分でつくろうとしました。時間が経つにつれて友達が増え、外国人の友達よりも日本人の友達が多くなったのです。このように、私は周りの学生と触れ合いながらどんどん日本や日本人のことを理解するようになりました。例えば、バスや電車でお年寄りに席を譲ると何故「ありがとう」よりも「すみません」といわれるか最初は理解できなかったのですが、その下に「迷惑」の考え方があり「迷惑をかけてすみません」という意味があるのを後になって知りました。

「日本語学校や大学の友人から刺激を受けながら、私自身の考え方もどんどん変わってきました。これが切っ掛けに、世界中の国々の文化、生き方や考え方についてより知りたくなりました。その時、私が目をつけたのは模擬国連でした。マレーシアで開催された模擬国連に参加し、世界中の学生たちと経済や政治などについて議論し、お互いの文化を体験しあったりしたことについて次回のコラムで述べたいと思います。」



ウミドさんのセミナー開催決定! 2011年1月26日(水)@東京

グローバルキャリアセミナー
「世界人への一歩。模擬国連体験のインパクト」


シャリポヴ・ウミドさんウズベキスタン出身のシャリポヴ・ウミドさんは、2010年マレーシアでの国連主催グローバル模擬国連に参加。2011年最初のグローバルキャリア・セミナーでは、ウミドさんが模擬国連で世界中の学生たちと経済や政治などについて議論し、文化交流をした体験などを語って頂きます。

セミナーの詳細・参加お申込はこちら!!



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