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コラム「起業家のアメリカ留学回想録」第4回

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起業家のアメリカ留学回想録

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第4回:アメリカから世界へ。中国の大学への交換留学

関根健次

ユナイテッドピープル株式会社
代表取締役

関根 健次


高校卒業後、アメリカの大学へ進学。卒業後は日本に帰国。2002年に26歳の時に起業。現在、ユナイテッドピープル株式会社代表取締役。世界の問題解決を目指すソーシャルビジネスを展開。イーココロ!を運営している。

大学では外国語の単位取得も必要でした。深く考えずにスペイン語を選ぶと、明らかにアメリカ人の上達スピードと私の上達スピードが違いました。英語もスペイン語もラテン語をルーツとしているからでしょうか。授業を2、3回受け、きっぱりスペイン語習得を諦めた私は、すぐさま中国語クラスへ移りました。中国語なら漢字だし楽勝だろうと思いましたし、経済発展の目覚ましい中国の言語を会得しておけば、いつか役に立つだろうという考えもありました。

中国語のクラスに入ってみると案の定楽勝!アメリカ人が漢字で苦戦しているところを、すいすいと次のレベルに進めました。成績も確かオールA。そのままの勢いで中国の大学への交換留学が決まりました。

いざ中国の大学に行ってみると授業がつまらない。一方的に教授が生徒に講義するだけで、テレビ画面を見ているような授業でした。一カ月もしないうちに学校に行くのはほどほどにして、実践で中国語を学ぼうということで、アルバイトを始めました。アルバイトを通じてたくさんの中国人の仲間ができました。バイト先で、「お前、どこから来たんだ?」と聞かれたものですが、「日本人だがアメリカの大学から来た留学生だ」というと「はっ?」って感じ。自分でも自分のアイデンティティーがよく分らなかった時期でした。根無し草状態ですね。

いづれにしても、このようにアメリカ留学の先には思ってもみなかった展開が待っていました。私にとってのアメリカは世界への扉でした。中国への留学のみならず、夏休みなどにはアメリカを起点にヨーロッパ各地を旅したものです。アメリカに留学して世界がぐっと近くなったように思います。



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