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コラム「2010年シェフィールド阿呆日記」第3回

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2010年シェフィールド阿呆日記

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第3回:ロンドンで就職

よしみマクラウド氏

ビジネスアドバイザー、ジャパンリンク

よしみ マクラウド

浅草生まれ。明治学院大学 (英文学科)及びシェフィールドハラム大学(芸術デザイン学科)卒業。シェフィールド大学経営修士。ロンドンのインペリアル・カレッジ金属学部の教授秘書、シェフィールド大学付属ジャパン・ビジネス・サービス、南ヨークシャー・インターナショナル・トレード・センターの日本担当、シェフィールド大学英語教育センターのマネジャーを経て、現在ジャパンリンクの名の下、翻訳、通訳、日英ビジネスサービスを提供。

大学生の頃から、見合いの話が持ち上がり始めた。「早い方がいいわよ。」と。「ケ・ッ・コ・ン!」なんてとんでもない。逃避もあったけれど、イギリスに行く事が、中学生の頃からの夢だった。実際にイギリスの土を踏み、夢が実現したとたん、私の足は独走し始めた。

両親には、「6ヶ月で帰って来るから心配しないで。」と出かけたのだった。。。。。

長年イギリスに住んでいれば英語が自然にうまくなるなんてことはない。ロンドンにいれば英国人と友達になれるというものでもない。特に外国人が多いロンドンでは、英国人は私にとってガラス張りの水槽の中で泳ぐ熱帯魚のようなものだった。イギリスに来たからには、ガラスの向こうで泳がねば。。

知人から、Imperial カレッジの金属学部分析研究所で秘書を探しているという情報を得て、思い切って面接に行った。所長はアイルランド出身で、彼の短気と癇癪は有名だったが、本当は、奥さんと娘に甘い、とにかく女性には弱くて優しい人であった。そして幸運にもまずは6ヶ月の試験期間で受け入れてもらった。

Imperial大はSouth Kensingtonにあり、王立音楽大学や、Victoria & Albert Hall、ハイドパーク、自然歴史博物館が隣接したすばらしい環境にあるだけでなく、ナイツブリッジなどのファッショナブルな街並みに囲まれ、私は大いに気に入った。

研究所には所長の下に、マネージャーと15人ぐらいの研究員とテクニシャンがいて、異色で紅一点の私は珍重された。間違って電話を切ってしまったり、伝言を間違えたり、失敗だらけだったが、とにかく向上心と明るい笑顔を盾に、試験期間も何とか過ぎ、大学からワークビザを取ってもらった。こうしてイギリスの組織の一部に入ると、次第にイギリス人との交際が広がっていった。

ある時、大学内の銀行で列に並んで私の番を待っていたら、後方、それも天井あたりから声が落ちてきた。振り返ると、ヒョロ高い眼鏡をかけた賢そうな青年の顔があった。化学の博士課程をやっていて、私の所長のバイトをしているということだった。「彼の英語が少し違うな。ドイツ人かな?」と思ったら、スコットランドのエジンバラ出身であった。以後、しばしば大学の中で遭遇し、そのうち、仕事が終わって門を出ると、ハチ公のように待つ彼がいた。そうなると、「じゃあ、一緒にご飯を」ということになり、これがいつしか習慣となった。

同じ博士課程の仲間達を紹介してくれ、彼らとパブに行ったり、食事をしたり、映画や野外コンサート、ピクニック、パーティーなど忙しくなった。
正に、この頃が、私の人生で最も楽しい時だった。

そして、この青年が、今は髪の薄くなった夫であり、喧嘩をしながらウン十年生活を共にする最初の出会いであった。

結局、日本に帰ったのが、出発してから5年後で、それも夫という荷物を伴っての帰国だった。




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