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コラム「2010年シェフィールド阿呆日記」第5回

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2010年シェフィールド阿呆日記

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第5回:シェフィールドという町に引越し。

よしみマクラウド氏

ビジネスアドバイザー、ジャパンリンク

よしみ マクラウド

浅草生まれ。明治学院大学 (英文学科)及びシェフィールドハラム大学(芸術デザイン学科)卒業。シェフィールド大学経営修士。ロンドンのインペリアル・カレッジ金属学部の教授秘書、シェフィールド大学付属ジャパン・ビジネス・サービス、南ヨークシャー・インターナショナル・トレード・センターの日本担当、シェフィールド大学英語教育センターのマネジャーを経て、現在ジャパンリンクの名の下、翻訳、通訳、日英ビジネスサービスを提供。

夫の最初の仕事が決まった。そして大学の新学期が始まる前にシェフィールド市に引っ越すことになった。新しいところに移り住むんだと思うと胸がワクワクする。

シェフィールドという町は、今まで聞いたことがなかった。とにかくイギリスで5番目に大きな都市で、国立公園に囲まれているため「金縁で飾られた絵」といわれているんだと、夫が受け売りの知識を仕入れてきた。それにローマのように七つの丘から成っているという。自然と気持ちが浮き立った。

ある寒い夜に私たちはシェフィールドの駅に到着した。駅の構内は薄黒く陰気。外に出て、町を一望すると同じく陰気で侘しかった。今は、すっかり一新されたけれど、当時の駅や町は、いかにも産業革命の発祥地の一つだと謳うばかりに、何とも煤っぽく、古いアルバムの茶褐色になった写真を見ているかのようだった。

仮住まいをしている間に、物件を扱っている新聞を毎週買っては、手頃な家を見に行った。この家がいいなと思うと、我々の手が届かない価格であったり、これだったら手頃だと思うと、場所が余りよくなかったり、または修理が必要だったり、思うような家はなかなか手に入りそうもなかった。結局、ローンで買えたのが、いわゆるセミデタッチという、2軒が一戸建ちになった家で、すぐ近くに農場や林などがあり、緑の多い、とてもよい環境に恵まれたところだった。とはいえ、七つの丘の一つに在るらしく、その家は、勾配20度位の急な坂の中腹にあった。

隣近所に挨拶に行くのは日本と同じだが、タオルやら手ぬぐいは持っていかない。ただ「こんにちは。」と言って、簡単に自己紹介して握手するだけだ。我が家の壁を境にしたお隣は、定年退職をした老夫婦、そして反対側のお隣も同様だった。お茶に招かれ、招く、というパターンがそれから始まる。

前庭は、芝生と様々な花や木が植わっていたが、雑草がたくましくはびこっていた。これは何とかしないといけないな。後ろの庭は、長く、やはり勾配があって、はるか後ろには、大きな木が我が家を見下ろしていた。テニスコートがスポッと入るぐらい馬鹿でかい庭。隣の家も、その隣の家も同様に広い庭が並んでいる。庭といえば、玄関先の植木しか知らない下町育ちの私には公園付きの家みたいだった。

家が片付いたら、次に私の仕事探しが始まった。でもロンドンのようにはいかなかった。失業者が多く、仕事がない。

家事が好きではない。外に出て、いろいろな人と会って、仕事をしたい。家に一日中いると、憂鬱になるし、機嫌が悪くなる。迷惑を被るのが夫なので、ある日、私に提案した。「学生の補助金がもらえるから、もう一度、学生生活を楽しんでみたら」と。

さて、何を勉強しようか。そうだ。前からやりたかった芸術とデザイン課程はどうだろう。そのためには、まずは基礎コースに1年席をおく必要があった。ポートフォリオを準備して、面接に行き、受け入れてもらった。

こうして、私も夫の働く大学の生徒になって、勾配のきつい坂を毎日、上り下りする日課が始まった。



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