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コラム「国際派アスリートたち」第8回

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第8回:F1チームのメカニックに〜夢を追いかけた白幡勝弘氏

竹内博信氏

スポーツコラムニスト/マーケティングジャーナリスト

竹内 博信

大学卒業後、外資系メーカー、市場調査会社などに勤務。主にマーケティング業務に従事する。その傍らでオブザーバーとして数々のスポーツを取材、アスリートとの親交を深める。彼らの半生を描いたノンフィクション小説を上梓予定。趣味は旅行、観劇、映画鑑賞他多数。

今回はウイリアムズF1チームのメカニックとして世界を転戦、活躍されている白幡勝広さんを紹介します。

ウイリアムズF1は1977年に設立されたチームで、フェラーリやマクラーレンと並ぶ、F1の名門チームの一つです。嘗てはホンダエンジンを積み年間タイトルを数多く獲得、アラン・プロストやナイジェル・マンセル、そしてアイルトン・セナといった偉大なパイロットが在籍していたこともありました。この伝統あるチームの歴史の中で唯一、日本人メカニックとして在籍、活躍しているのが白幡さんです。

白幡さんは2003年まで東京工科専門学校教員として働いていました。そこで学生に夢を説いているうちに抑えきれなくなった自分自身のF1への夢を追って自ら渡英しました。当時は英語力もままならない状況だったとのことです。

「教員として教えていた当時、学生達には『F1のメカニックを目指してみないか?』とか、『日本を出て海外で働いてみろよ』みたいなことを言っていましたが、学生達はそんなの無理だと興味を示しませんでした。そこで、だったら自分の挑戦してみよう、自分で見てみようというのが切っ掛けです。もし自分でそこまで到達できなくてもどんな方法でチャレンジしていけばいいかのヒントは得られるだろう。そして、学校に戻ったときに学生達に話してあげられるだろうと思いました。」

有限実行の白幡さんがまず始めたのは、語学学校に通いながら英語力をつけると同時に就職活動をすることでした。それを8ヶ月間続けて2004年の1月からやっとF3のメカニックとして働き始めることができるようになりました。

「イギリスで就職活動をしていたのですが、決まったのはベルギーにあるチームで参戦してたレースはドイツF3選手権でした。その後も目標であるF1チームに向けて就職活動を続け、2年後の2006年1月、ウィリアムズのテストチームのメカニックとして採用されました。

食事会でF1史上最多出場を誇るR.バリチェロと
食事会でF1史上最多出場を誇るR.バリチェロと


採用された要因ですが、日本でのレース経験、教員、ヨーロッパでのレース経験なの経験してきたすべてがプラスに働いたと思っています。採用された時は、まさか本当にF1メカニックになれるとはと思いました。と同時にこれからも努力して「夢は叶う」これを身を持って教え子や在校生、若い人たちに伝えよう。そしてもっともっとみんなに大きな夢を持ってもらおうと思いました。」

当時、白幡さんは既に結婚していたのですが、
「『人生は一度きり、挑戦しないと後悔する』と思い、妻に相談して渡英を決めました。成功するか分かりませんでしたが、妻も私の背中を押してくれました。家族は大きな支えです。妻や家族の支えがなければここまで来れなかったの間違いないです。そして、今でも支えられています。」

白幡さんは2006年にウイリアムズチームに加入、最初はテストチームのメカニックに配属されました。その後、中嶋一貴選手が2007年にテストドライバーとしてチームに加わり、テストチームで1年間を共に過ごした後、2008年から一貴選手と共にレースチームに移動し、一貴選手のマシンを2年間担当しました。

ピットストップの練習に取り組む白幡氏
ピットストップの練習に取り組む白幡氏


「何の巡り合わせか、日本製エンジン、日本人ドライバーと一緒にF1を戦うことができました。これもまた運命と思いながら少しでもいい成績を残せるように、また『いつかは一貴選手と共に表彰台を』と同じ日本人として誰よりも願っていたと思います。もちろん目標はワールドチャンピオンで、当時の社員550人がそれぞれ自分の担当の仕事を精一杯やっていたことは言うまでもありません。」

2009年:中嶋一貴選手を担当した白幡氏
2009年:中嶋一貴選手を担当した白幡氏


世界最高峰の自動車レースFormula 1の舞台に挑む男達の矜持がここにありました。


白幡さんは現在、オックスフォードに在住しています。そして、専門学校の教員を務めていた時の教え子が何人か渡英してヨーロッパのレースチームでメカニックとして働こうと白幡さんに相談、実際に現地で師弟関係が続いています。

富士で行われた日本GPにて教え子と
富士で行われた日本GPにて教え子と


「教え子の中にはイギリスF3のチームの週末メカニックとして手伝いをしたりと努力を続けて、その経験がレース関係の会社の就職につながった子がいます。また、今春から教え子が一人フォース・インディアのスタッフとして働き始めました。夢は叶うんです。彼女が諦めず、努力を惜しまずに頑張った成果だと思います。」

と語る白幡さん。現在はパストール・マルドナド車担当メカニックとしてウィリアムズF1チームと共に世界を巡っています。

「やりたかった仕事に就きF1チームのメンバーとして世界中を巡っているわけですからいつも嬉しいです。もちろんレースの結果が良い方が嬉しいですが、それは私一人の力がレース結果を左右するほど小さな規模ではないので、私は私の仕事を精一杯やることに集中しています。そして、それにやりがいを感じています。レース結果に関する悔しい思いは沢山ありますが、個人的に悔しいと思うことは、まだまだ言葉の壁に当たるということですね。これからも努力が必要です。」


3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の後、すぐにチーム代表:フランク・ウイリアムズ氏と共に日本にメッセージを送りました。
http://www.youtube.com/watch?v=Yz8unJvdmuw

ウイリアムズのマシンに掲載された日本へのメッセージ
ウイリアムズのマシンに掲載された日本へのメッセージ
(写真をクリックすると、大きな画像で見られます)

「まずは、この度の東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。非常に広範囲で多くの方々が今もなお不便な生活をされていると聞いています。地震直後にイギリスでも勿論ニュースになりテレビでその状況を拝見していました。私個人ではあまりにも微力過ぎると思い、日本にもとても好意をもつチーム代表のサー・フランク・ウィリアムズにメッセージのお願いをしました。それと共に社内全体に募金のお願いをして、多くの支援をして頂きました。また、チームとしてレースカーの右側に「助け愛、支え愛、未来を信じ共に走りましょう」左側に「我々は日本を応援しています」という日本語のメッセージを赤い折り鶴と共に張っていつかのレースを走り、日本への応援メッセージを送りました。
本当にいつになったら何の心配のない以前のような生活に戻れるのかわからない中で努力されていると思います。非常に微力ではありますが、これからも私に何ができるのか考えていきたいと思います。みんなで力を合わせましょう。」


最後に今季の目標について語ってくれました。
「パストールが入賞して更に表彰台を狙えるように引き続きサポートしていきたいです。彼にはそれだけの力がありますし、それを達成させるのが我々の役割でもありますから。」

モナコGPでパストール・マルドナードは入賞圏内を走行、世界中のファンから声援が送られた
モナコGPでパストール・マルドナードは入賞圏内を走行、世界中のファンから声援が送られた


永遠の挑戦者:白幡さんの挑戦はこれからも続きます。


<写真提供: Williams F1 / Katsuhiro Shirahata >




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