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コラム「読み切り![イスタンブール]〜毎日留学ナビ編〜」第7回

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グローバルキャリア塾・連載コラム

読み切り![イスタンブール]
〜毎日留学ナビ編〜

> > 松井 和花さん

第7回:イスタンブールで会社員。

松井和花

フリーライター、通訳者、コーディネーター

松井 和花

天理大学外国語学部英米学科卒業後、更に通信教育を経て小学校教員免許を取得、奈良県内の小学校で教鞭をとる。たまたま休暇で訪れたトルコに深く魅せられ、唐突に移住を決意。 ゼロからスタートしたトルコ語学習に始まったサバイバル生活も、今年で17年目突入。現在、イスタンブールにて『執筆で、トルコと日本を繋ぐ』をテーマに、フリーライターとして活動。トルコ人の夫と小学生の息子とのドタバタ3人暮らしの毎日。
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フラメンコ

思うような仕事も見つからず、日本に帰国することも考え始めていた半ば諦めムードの私に、
「○○商事が日本人の秘書を探しているんですって。アタックしてみてはどうかしら?」
と声をかけて下さった方がいました。

これはチャンスだとすぐに履歴書を手書きし、紹介して下さったその方のお陰で無事面接まで到達。
求人ポジションは支店長秘書で、トルコ語と英語が出来ることが条件でしたが、こんな“ナンチャッテ”トルコ語しか出来ない私が、ありがたいことに採用されたのでした。


面接日に、ウェッジソールのぽっくりサンダルとチャイナドレスという出で立ちで臨んだのは他に一張羅がなかったからですが、当時の同僚との間では、
「驚いた、よくあんなカッコで来たねぇ」
と今でも笑い話のネタに。私の場合はたまたま?うまくいきましたが、海外で早々に就職活動を考えている方はスーツの一着は持参されることをお勧めします!

気がつけば、“海外で働く”という夢がトルコ生活2年目で叶ったのでした。偶然テレビでカッパドキアを観て心惹かれ、日本での仕事も辞めて唐突に移り住んだイスタンブールでの再就職。人生とはわからないものです。

日本で教員としての職務経験はありましたが、民間企業は初めて。果たして勤まるのか?!不安で一杯の会社員生活がいよいよ始まりました。

(写真:海外にいても、お仕事ばかりじゃツマラナイ!アフターファイブによく通った、フラメンコ教室の発表会にて。)

=続く=


イスタンブールの場合、日系の民間企業が日本人現地採用者に求めるポジションのほとんどが、総務か秘書です。
総務系にとって必要なのは語学力。現地の言葉に加えて英語も出来れば、更に重宝されます。

■仕事を見つけるために

(1) 広く浅いネットワーク作りを!
チャンスは、まわりが運んできてくれることも多い。べったり仲良しも必要だけれど、付かず離れず知り合い程度の緩いネットワーク作りも同時に目指そう。自分の居場所は多い方がいい。

(2) 企業へ直接アタックすべし!
おおっぴらな求人が出ていなくても、特に日系は水面下で探していることが多い。履歴書を作って、どんどん自分から人事担当にアタックしてみよう。

(3) 日系企業以外に、現地の企業も視野に入れて!
これは過去を振り返った自分への反省ですが、現地企業も勿論アリ。日本と取引のある会社は有望です。キャリアアップの可能性は、こちらの方が断然高い!!

(4) 現地の言葉をとにかくモノにして、自信をつけて!
偉そうに言う私も、入社してからトルコ語をモノにしたクチ。もっと上手になってからなんて思っていると、永遠にチャンスは巡ってこない。必要に迫られれば、人間底力が出るもの。ハッタリでもなんでも、まず飛び込む。時には自分を追い詰める環境も必要。


串本・樫野埼
▲1890年、和歌山県串本沖の紀伊大島で座礁した、オスマントルコの軍艦エルトゥールル号と、地元の村人達による救助活動に関する逸話は、トルコ人の強い親日感情の理由のひとつであるといわれる。悲劇の舞台となった樫野埼灯台を望む。

トルコ軍艦遭難慰霊碑
▲亡くなったエルトゥールル号の乗組員達を悼んで建立された弔魂碑は、今も樫野埼の墓地公園に佇んでいる。トルコ人がここを訪れると必ず雨が降ると聞いた事がある。母国の土を生きて再び踏めなかった殉職者達の魂が、故郷を懐かしんで流す涙なのかもしれない。



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