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コラム「Where there is a will, there is a way.〜意志あるところに道は開ける〜」第4回

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グローバルキャリア塾・連載コラム

Where there is a will, there is a way.
〜意志あるところに道は開ける〜

> > 文美月さん

第4回:全身で感じた、学べる喜び

ヘアアクセサリー製造販売・リトルムーンを経営。
同志社大学経済学部卒業、日本生命の総合職を経て韓国留学、結婚・出産。2001年専業主婦で自宅のPC一台から起業。出産後の再就職が難しく「一生クビにならずに働くには、自分で自分を雇うしかない!」と感じたのがきっかけ。2004年〜最良最強のパートナーである夫が加わり、夫が社長に。ともにヘアアクセの商品オリジナル化を進め、特許取得、海外工場を作りSPA化。その後卸も開始。
●日本最大級の品揃えヘアアクセECサイト「リトルムーン」の運営責任者。2011年末時点のヘアアクセサリー販売総数は、375万点以上。
●2011 楽天Shop of the year ジャンル賞、2006年ジャンル大賞を受賞、ほかEC系受賞多数。
●約11万「いいね!」を世界から獲得(2011年末時点)するFacebookページの管理人。
●2010年〜大阪府のプロジェクト、大阪通販道場で師範を務め、大阪活性化に携わる。
●2010年〜ラオス訪問、日本でユーズドヘアアクセを回収して途上国へ送るCSR活動を継続中。
●起業、女性のキャリア形成、EC、facebookのビジネス活用等に関する講演も行う。

私は延世大学からほど近い、学生街の新村(シンチョン)に下宿を決めました。

韓国の下宿は朝夜2食付きが一般的。私は韓国語の基礎を日本で勉強したとはいえ、やはり最初は全然言葉が出て来ず会話に四苦八苦しました。そんな私に下宿生達はゆっくり会話してくれ、話しながら一緒に登校する日もありました。

下宿の炊事は中国の朝鮮族から出稼ぎに来た女性で、下宿オーナーはお金持ちの気さくなマダム。そして日本育ちの私。同じ民族なのに生まれた場所によって背景が随分異なります。私は朝鮮族のアジュンマ(おばさん)に、日本の焼き菓子をよくお土産に渡しました。日本のお菓子は繊細で「こんなの食べたことない」と喜んでくれました。アジュンマたちは26歳(数え年の韓国では27歳)の私が、適齢期にも関わらず単身で韓国に来た事に対して「よくご両親が許したね。で、結婚はどうするの」と親のような口調で私に言っていました。

私は延世大学校韓国語学堂に一年間通学。最初のうちは自分の会話力が不十分でついていくのがやっとでしたが、好きな勉強に没頭できる喜びを全身で感じていた私は、圧倒的に楽しさが勝っており何の苦にもなりませんでした。自分で働いて貯めたお金を自分に投資するとやはり吸収力が違います。私のような社会人経験組や企業からの派遣組もちらほらいて、彼らには若者よりもずっと熱心に学ぶという共通の特徴が。私は彼らからたくさんの刺激を受けました。

私は週に3〜4回はexchange(日本語を学ぶ韓国人と互いの言葉を教え合う)の韓国人と会いました。韓流ブーム前とはいえ、日本語圏からの留学生(在日コリアンと日本人)が元々多く、気をつけないと日本語だけで生活可能な環境。私は出来る限り韓国の友人と遊び、彼女達とエネルギッシュなソウルの街を満喫しました。私が一番好きだったのは、仁茶洞(インサドン)という街。伝統工芸品や骨董品、伝統家屋のお茶屋さんなどが並びます。韓国=原色、賑やかとの印象があった私には、仁茶洞という街に流れる静かな時間と独特の落ち着いた色合いがとても新鮮にうつり、私は時間があるたび仁茶洞を散策しました。

語学の習得は順当に進み、卒業級では最も成績のいいクラスに。言葉と文化を合わせて学んだおかげで、日本の実家に残る法事の習慣や食事の意味も知り大変有意義でした。私は文氏の始祖について調べてみたり、韓国の親戚に会いに行ったりもしました。時間があれば図書館にも顔を出しましたが、図書館はいつも勉強熱心な大学生でいっぱい。お弁当を二つ持って朝から晩まで図書館で勉強する学生や、出勤前に駅前の英語学校に通う社会人は、韓国では珍しくありません。彼らの勉強熱心な姿や軍服の若者などを目にするたびに、私は日本の平和さと豊かさに感謝すると共に、それゆえ元気まで失いつつある事を残念にも感じました。

日本で韓国のことをよく知らないまま、また逆に韓国で日本のことをよく知らないまま互いに上辺の印象で発言しあう人たちがいます。私は両方の人たちに「言うのはたやすい。自分の目と足で知って欲しい」と感じます。草の根では人間対人間でつきあっているからです。日本人留学生、在日・在米コリアン留学生、韓国人etc。多様な背景の人と夜通しお酒を飲んだり語り合ったりする中で、私は自分の考えも整理しつつ心がすっきりしていく感触を得ていました。「私はやっぱり日本が大好き。もっと日本で頑張りたい!」

そしてある日私は、留学生の女性友達3人でセマウル号という特急列車に乗ってソウルから釜山旅行に。その釜山駅前で、私は同じく日本からの留学生でソウルから旅行中だった夫と、偶然出会うのです。



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