ジャーナリズムの現場から (第5回)
第5回:カミカゼ (後編)
共同通信社外信部デスク
半澤 隆実(はんざわ たかみ)
1962年福島県会津若松市生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、1988年共同通信社に入社。大阪支社、浦和支局、本社社会部などを経て、外信部へ配属。カイロ支局特派員、ロサンゼルス支局長としてパレスチナ紛争、アフガン、イラク戦争、ハリケーン「カトリーナ」被害などを取材。2007年から外信部デスク。著書『銃に恋して 武装するアメリカ市民』(集英社新書)
(2009年9月1日掲載)
その日、ニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)に2機の旅客機が突っ込む光景は、CNNなど欧米メディアを通じアラブ各国にほぼリアルタイムで伝えられた。初日の段階ではWTC勤務者の数などから、推定で約1万人に上った(実際には約3000人)。
無残に崩れゆくWTCの2棟や、炎上する高層階の窓から落ちていく人影、周辺の街を黒い雪崩のように飲み込んだ瓦礫や煙を、世界は怒りを持って見詰めたが、アラブの街かどでは、多くの市民がこの事態を「やむを得ない犠牲」ととらえ、少なからぬ人々が「慶事」と受け止めた。
その翌日、知人が私に語った内容は信じがたいものであった。「昨夜家のテレビで燃えるWTCを見ながら息子が言うんだよ。アッラー・アクバル(神は偉大なり)」。
彼は息子がテロを「アッラーの思し召し」とみなしていることを誇りに思っていたのだった。数千人の命を奪うテロを「イスラエルを擁護する米国に対する罰」と喜ぶ子供たち。別の知人によれば、9月11日の夜、カイロのとあるモスクでは夜の礼拝に集まった信者らが“ハイタッチ”でテロの成功を喜んだという。イスラエルによる占領が続くガザ地区では、お祝いのキャンディーが街中で配られたと一部報道で伝えられた。
そして何人かが口にしたのが「カミカゼ」であった。「ヤバーニ、昨日のニューヨークでのカミカゼを知っているか・・」。街かどでにこにこしながら顔見知りに声を掛けられたときだったと思う。私は、頭の片隅で安全ピンが抜ける音がするのを感じた。本当に「ピン!!」と音がしたように記憶している。
「お前、二度とカミカゼという言葉をこの事件で使うなっ。カミカゼは女子供を殺さない」。これに対し「しかしイスラエルやアメリカはとてつもなく強い。こうした戦争の方法は弱い私たちには許されるはずだ」という長くアラブ、イスラム社会を縛ってきたテロ擁護論を繰り返すばかりであった。
弱いからといって無関係の人間を灼熱の高層ビルで焼き殺してよいわけがあろうか。「だったらあんたらの戦争は××(イスラム教徒が忌み嫌う動物)の戦争だ」。そこまで言ってしまった私は、これ以上エスカレートすると、殴り合いに発展しかねないと思い、その場を立ち去ることにした。その時に周囲に人がおらず、路上での論争に発展しなかったのは幸いであった。そのころのカイロには、中枢同時テロに触発された何か剣呑な空気が漂っていた。
その後、アメリカは同時テロを実行した国際テロ組織アルカイダせん滅のため、アフガニスタンを攻撃、その勢いを借りてイラクに侵攻した。アルカイダは大規模な戦闘能力や組織は失ったが、彼らの“カミカゼ攻撃成功奇譚”は、アメリカの粗雑な対イスラム圏政策も絡み、今も各地で自爆テロやその志願者を増殖させている。
太平洋戦争が終結し60年以上が過ぎたが、カミカゼの亡霊を真似てイスラム過激派が作り上げた自爆テロという怪物は中東だけでなく、アジアなど各地を今も彷徨い続けている。
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