国際派アスリートたち (第2回)
第2回:苦境を救った異文化コミュニケーション力
スポーツコラムニスト/マーケティングジャーナリスト
竹内 博信
大学卒業後、外資系メーカー、市場調査会社などに勤務。主にマーケティング業務に従事する。その傍らでオブザーバーとして数々のスポーツを取材、アスリートとの親交を深める。彼らの半生を描いたノンフィクション小説を上梓予定。趣味は旅行、観劇、映画鑑賞他多数。
(2010年5月1日掲載)
今回もロジャー安川選手の青春時代の話を続けます。
中学生で米国LAのカートシリーズジュニアチャンピオンを獲得したロジャー選手は、高校生の時に「レースの本場:ヨーロッパ」で活動すべく、イタリアにホームステイします。ホームステイ先はロジャー選手のお父様がF1レイトンハウスチームのスタッフだった時のドライバー:イワン・カペリ氏の自宅など様々でした。イタリア語は全く分からなかったロジャー選手。
それでも毎週末はカート場にチームと移動してレースをするわけですから最低限の会話をしないとレースで戦えないわけです。そしてライバルもステファノ・モデナといった将来のF1ドライバーの面々。(モデナ選手はF1モナコGPで表彰台に上がるなど市街地コースでズバ抜けた速さをみせたドライバー。後にモナコ皇族の方と結婚。)
最初は苦労したロジャー選手でしたが、独学でイタリア語を学びながらチームとのコミュニケーションも深めていき1996年にイタリア中部地区のカートチャンピオンに輝きます。そして当時、自動車の運転経験も無いままフォーミュラ・レースを始めます。ここでも最初は苦労するのですが1998年には米国フォーミュラ・ダッジ・ウエスタンシリーズでタイトルを獲得。順調に全米シリーズへと駆け上がっていきます。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。
そして2002年にトヨタ・アトランティックシリーズで初優勝を飾り、翌年のINDY CARシリーズのレギュラーシートを獲得するのです。ロジャー選手は2003年からINDY CARに新たに参戦するARTA(代表:鈴木亜久里氏)に当時、INDY CARに参戦しているチーム・ドライバーの戦力を分析したレポートを提出。過去のレース実績とこのレポートを通じて評価された分析力が、シート獲得の決め手になったのです。
INDY CAR 参戦初年度のロジャーはトップ10フィニッシュを8回達成します。猛者揃いの全米トップカテゴリのレースにおいてこれは快挙で、特に第14戦:シカゴでのレースでは2位を確実に取れたレースでした。それでも「2位を守ることはしたくなかった。優勝を狙った」戦略をとり、結果的に下位に沈みました。それでも「優勝を狙うのがレーシングドライバー。後悔は一切していない。」と言い切っています。INDY CAR参戦初年度のロジャー選手はルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人賞)を最終戦まで争う好成績を修めたにもかかわらず、わずか一年でレギュラーシートを失いました。
そして2005年にはINDY CARシリーズにマシンやエンジンを供給しているホンダからの支援も打ち切られてしまいます。
レーシングドライバーがメーカーやチームの支援を失うことは日本では多くの場合キャリアの終焉を意味します。しかしロジャー選手は2009年シーズンまでINDY 500、INDY JAPANに自力で参戦しています。スポンサー獲得活動やチームとの契約交渉を英語とイタリア語を駆使して自分自身で行っています。これまでのキャリアで各国の言語だけでなく文化を理解していたことが自身を助けました。「ラクではないが、チームとの交渉は、自分自身が納得するためにも直接することは苦痛ではない」とロジャー選手はキッパリと言い切ります。
今、息子と娘の二児の父親となったロジャー選手は、自身の子育て、特に言語教育について次のように語っています。
「自分が中学生の時は24時間、英語を話していたので、日本語が下手になった時期があった。でも高校の時にイタリアに行って多言語を頭の中でスイッチすることが必要と悟り、出来るようになった。これは結構、大変だったがその後のキャリアにおいて役立った。
今、日本人が海外で生活して子供が生まれるとその子は英語などの外国語は話せるようになる。でも日本語が不完全で大人になって苦労しているケースも少なからずある。だから子供には英語や育つ環境での言語だけでなく、日本語をしっかりと学んで欲しいと思い、日本人学校に通わせている。英語やイタリア語だけでなく、日本語が上手に話せたから今の自分がある。」
意外にも米国在住者のバイリンガル人口比率は低いことはあまり知られていないのですが、英語を話しつつ、日本語がネイティブレベル以上であることが各方面で相当な強みになることは国際人なら誰しもが知っています。ロジャー選手の父、安川実さんは、次のように語ります。
「言語の壁を越え、文化の違いを理解しながらグローバルに活躍するのは易しいことではない。だけど日本の企業は確実に海外でのビジネス比率が高まっており、日本人も適応していく必要があると思います。」
2010年、以前にF1に参戦していたドライバーがINDY CARへの参戦を開始しました。INDY特有のセッティングや文化について適格なアドバイスを送るロジャー選手。ヨーロッパ・アメリカ・日本の文化を知るロジャー選手の人望は厚く、彼は日欧米のアンバサダーとして今後も活躍していくことでしょう。
ロジャー安川選手のご紹介はここまで。次回は若干、22歳にしてヨーロッパのレース留学を経験して国内トップカテゴリのフォーミュラ・ニッポンやSUPER GT500クラスに参戦している山本尚貴選手について紹介させて頂きます。
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