YOU CAN DO IT (第1回)
第1回:6ヶ月で英語はペラペラに・・・
(2010年2月1日掲載)
こんにちは、池田剛(いけだごう)です。今月からこちらでコラムを連載することになりました。よろしくお願いします。
私が留学の為に渡米したのは1982年6月21日です。当時私は旅行会社に勤務し主に日本国内の添乗業務に携わっていました。学生時代からあわせて5年間、日本国内の観光地は大半周り、そろそろ海外添乗をしたい、それならアメリカに英語でも習いに行くか、私の留学の動機はそんな単純なものでした。
ですから事前の準備もまったくありません。パスポートも直前に取得しました(旅行社勤務なのにパスポートがなかったんです)。留学先も別にどこでもという感じ。友人の「オレゴンって良いらしいよ」の一言でオレゴン州立大学のESL(英語コース)に決まりました。
「それでどのくらい行ってるの?」と親に聞かれ、「そうか、期間を決めなきゃ」と思い、とりあえず渋谷にある大きな書店に行きました。英語ってどれくらい勉強すれば上手くなるか、それを調べに行ったのです。
書店には英会話関係の本がずらーっと並んでいました。そこで一番目についたのが「3ヶ月」という文字。どうやらだいたい3ヶ月も勉強すれば英語は上手くなるらしいのです。
それならば、その倍の半年も行ってれば僕の英語は完璧、ペラペラになって帰ってこれるはず、ということで留学期間は半年と決めました。
帰国後新たにお世話になる旅行会社(海外ツアー専門の旅行社)には「12月末には戻ってきますので1月からよろしくお願いします。英語ペラペラになって帰ってきますから、たくさんツアーを入れておいてくださいね」と挨拶し、当時付き合っていた彼女にも「今年のクリスマスイブは予定を入れないで待っててね」と念を押し、成田を後にしました。
ところが私が次に帰国したのはなんと2年半後の1984年の12月だったのです。
別に2年間以上、帰りの航空券が見つからなかったわけでも、犯罪を犯してJailに入っていたからでもありません。
ただ、予定をしていた、82年の12月にはまだ英語がペラペラにはなっていなかったからです。
もちろん、半年の間に一定の上達はありました。でもツアーコンダクターとしてお客様を海外で引率できるような英語力にはなっていなかったのです。
結局私はアメリカで大学院に進学し、アメリカで就職し、アメリカでビジネスを起こすことになります。
これから少しずつそんな私の経験を書き連ねてまいります。その中からいくらかでも皆さんの参考になるような事柄があれば、幸いです。
あ、最後に、皆さんが一番気になっていることを書いて、今回はおしまいにします。
クリスマスを一緒に過ごす約束をした彼女とは結局別れることになり、就職予定だった旅行社の社長からは大目玉を食いました。
池田さんのセミナー・レポート ~2010年9月17日(金)@東京
2010年9月17日(金)に、池田剛さんをお招きして、グローバルキャリア・セミナーを開催しました。講演のタイトルは、「世界中から学生が集う大学で学ぶ ~ アメリカ留学という選択肢を考える」。ご自身の経験から、アメリカ留学の魅力をユーモアたっぷりに語っていただきました。
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