グローバルキャリア塾 連載コラム

支援現場で会った人びと (第1回)

第1回:今度は私が恩返しをする番です

一般財団法人 民際センター

冨田 直樹

1961年生まれ。大学4年の時に起こったエチオピア大飢饉で欧米の学生が次々に支援地域に出かけるのを見て、 いつか自分もと思っていた。サラリーマン時代にパレスチナの難民キャンプ支援をするNGOとかかわったのがきっかけで、 この世界に。現在、東南アジアの経済的に貧しい子どもたちの教育支援をしているNGO民際センターのファンドレイジング事業開発部第一部長。

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一般財団法人 民際センター

(2013年1月15日掲載)

NGO民際センターは1988年以来、「貧困の代名詞」と言われるタイ東北地方(イサーン)で、経済的に貧しい中学生に奨学金を提供してきました。この25年間で奨学金を提供した子どもの数は他国の子どもも含め、延べ約40万人になります。

長年、奨学金を提供している支援者の加藤さんは2008年11月、タイに行き、バンコクで元奨学生カイ(写真)に再会しました。その前年の2007年、彼女からひさしぶりに手紙が届いたことがきっかけです。「タイ南部ナラティワート県でOLとして働いていたとき、同県出身の男性と結婚し、現在、娘が1人います。2005年には父を亡くしました」。

元奨学生のカイさん

加藤さんは1993年に初めてタイ研修旅行に参加して極貧の奨学生カイに会って以来、文通をしていましたが、2001年11月を最後に文通が途絶えてしまいました。6年ぶりに手紙をもらった後、再会するまで何度か手紙をやり取りしましたが、その手紙で彼女の考え方・生き方を知り、驚きました。

2004年、マレーシアと国境を接するタイの最南部数県でテロ事件が頻発し、彼女が住むナラティワート県の被害は特に深刻だったそうです。2008年、タイ政府はテロ解決策の一環として「タイ南部3県における看護師増員事業」を立ち上げ、数千人規模の募集をしました。バンコクで4年間学校に通い、卒業後に看護師として南部で勤務することが義務付けられています。幼い娘がいるカイはその募集に応募して受かり、子どもを実家に預けて、バンコクに単身赴任して勉強していたのです。

手紙では「今、バンコクの病院で勉強中で、卒業後はナラティワート県で働きます。自分の人生にまた光が当たって、新しい一歩を踏み出せたという気持ちでいっぱいです」と書かれていました。手紙にはこうも書かれていました。「自分が支援を受けたから、今度は私が恩返しをする番です。このようなことができるのも、教育を受けたからこそです。そして、お父さん(=加藤さん)がずっとタイの子どもを支援していることが、私のこうした決意・行動の励みになっています」。

元奨学生のカイさん

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