ブータンの空の下から (第2回)
第2回:物が豊かであるという事は幸福なことか
片山 理絵
ハワイ大学東アジア言語・文学部修士課程卒。在学中にブータン王国出身の夫と出会い、一年半の遠距離恋愛を得て、2001年4月に結婚。知り合った時は、ブータン王国という国が存在する事すら知らなかったが、12年の在ブ生活を得て、ブータンという国の歴史と文化の奥深さを知り、次第にはまりつつある。現在3人の子供を育てながら、夫の家族が経営するペルキルスクールの経営に携わっている。
■ペルキルスクール http://www.pelkhil.edu.bt
2010年に開校した中高一貫の私立学校。2013年からプレ・プライマリーのクラスもオープン。現在は450名の生徒が在校する。
(2013年3月1日掲載)
2001年1月にブータンにお嫁に来た私も早いものでもう在ブ12年となった。今でこそタイやバングラディシュから物資が豊富に入る様になったが、私がお嫁に来た頃にはどこに行っても安いインド製のものしか手に入らなかった。どこのお店も同じ商品しかなく、歯磨き粉と言えば「コルゲート」、肌用クリームと言えば「バセリン」と言った様に、商品名や会社名がそのまま物の名前として通じる世界だった。しかもお店に置いている商品の品数も少なく、日本の物と比べると何においても質が比べ物にならないほど悪かった。2002年夏に娘天海(ティエール)が産まれた時も「紙おむつ」なんていう便利なものは国に存在しなかった。お金があるとか無いとかという問題ではなく、国に物資が無いのだ。
日本という物が溢れ便利な社会を知っている私には、お店に行っても「買うものが無い」という事を経験した事は無く、それこそ最初の一年は試練の連続だった。日本の親元から送られてくるもの全てが貴重品であり、その荷物の箱でさえしっかりとした上質のもので、ブータンでは絶対に手に入らない代物であった。従って、包装紙から箱、紐に至まで全てを大切に保管していた。荷物を包んでいる日本の広告等は穴が開くほど眺め、日本の雑誌の美しさに感動し、同じ雑誌を何度も何度も読み返した。
ブータンに来た当初は自分の人生がどうなるか正直全く見えなかった。旅行者としてではなく、生活者としてこの国に住むというのを考える度に気が滅入った。しかし人間は良く出来ているもので、そんな状況でも時間と共に慣れてき始め、自分の中で少しずつ変化が生まれ始めた。
「物が無い」からなのかどうかは良く分からないが、自分の生活において「良かった」と思える事を探すのが得意になってきた。そして日本にいる時よりももっと人間としてあるべき本来の感受性が強くなり始めた。以前よりもよく笑う様になり、嬉し泣きをする頻度が上がった。腹の立つ事があって怒っても、時間と共に全くネガテイブな気持ちを残さず、相手を許せる様になった。将来をいろいろ思って考え込むより、今この生かされている時間に感謝出来る様になった。寒い冬の夜、満天の空を見上げて、「今私は生きている」と泣けるまでになった。これは全く思ってもいない収穫だった。
「物が豊かであるという事は幸福なことか」
もちろん全く無いより、ある程度あった方が良いに決まっている。でも物があり過ぎると、全てが当たり前となってしまい、感動する心や感謝する心は薄れて来る様に思う。物が豊富に溢れ選択肢が増えると、日常生活の中で「生きている」と感じる事はなかなか難しい。
2013年現在、首都ティンプーでさえまだまだ手に入らない物資が多い。だから我が家では未だに紐一つ捨てるのを躊躇している。
▲ドチュラ峠(標高約3300M)からの眺め。首都ティンプー県とプナカ県の県境近くに位置する峠で、遠くにはヒマラヤ山脈が見える。
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