グローバルキャリア塾 連載コラム

ブータンの空の下から (第7回)

第7回:ブータンの総選挙 その3

ペルキルスクール

片山 理絵

ハワイ大学東アジア言語・文学部修士課程卒。在学中にブータン王国出身の夫と出会い、一年半の遠距離恋愛を得て、2001年4月に結婚。知り合った時は、ブータン王国という国が存在する事すら知らなかったが、12年の在ブ生活を得て、ブータンという国の歴史と文化の奥深さを知り、次第にはまりつつある。現在3人の子供を育てながら、夫の家族が経営するペルキルスクールの経営に携わっている。

■ペルキルスクール http://www.pelkhil.edu.bt
2010年に開校した中高一貫の私立学校。2013年からプレ・プライマリーのクラスもオープン。現在は450名の生徒が在校する。

ペルキルスクール

(2013年9月1日掲載)

13日にブータンで行われた下院選挙、「変化を求める」という事はどういう事だろう、と考えさせられた結果となった。

前回、前々回と2回にわたって書いてきた「ブータンの総選挙」もいよいよ今回が最終回となる。今回は総選挙の総括と結果に対する海外での報道について書いてみたい。

前回のコラムにも書いたが、ブータンの下院選挙は予備選挙と本選挙の二段階の方式を取っている。予備選挙では、各政党に投票し、その得票率が最も高い二政党が本選挙へと駒を進める事が出来る。5月31日の予備選挙の結果、前与党であったDPT(Druk Phunsum Tshogpa-政党ロゴは鶴)と全野党であったPDP(People’s Democratic Party-政党ロゴは馬)の二党で本選挙は戦われる事となった。「一票の格差」とか「マイノリティーの意見はどうなる」等と言った声も聞こえてきそうだが、実はここからブータンの選挙は(議員候補の方々には大変申し訳ないが)面白く(?)なってきた。

ブータンでは国会議員になる資格として「大学卒業」という項目がある。識字率60%にも満たないブータンにおいて、47各地区からそれなりの候補者を見つけるのは至難の業であり、どうしても勝てそうにない候補者がそれぞれの政党に出てくる。予備選挙後、DPT(鶴党)もPDP(馬党)もより良い候補者を引き抜く為に、得票率で第三位となったDNT(Druk Nyamrup Tshogpa)こと桃党の候補者達にアプローチをかけ始めた。

日本でも議員が政党を乗り換えるという例はあるが、これ程公にしかも短期間の内に行われるというのは世界でも珍しいのではないかと思う。そしてここで前与党であったDPTは本選挙の結果を左右する決定的なミスを犯した。何と自分達がDNT候補者にアプローチしていた事実をメディアを通じて否定したのだ。この出来事に桃党ことDNTは逆上した。次の日、桃党党首自ら記者会見を行い痛烈に鶴党(DPT)を批判したのである。

もしDPTが感情部分を抜きにして、選挙戦略という観点から物事を考える事が出来ていれば、この様な取り返しのつかないミスは起こさなかっであろう。何故ならば本選挙の勝敗は、約一ヶ月の間にどれだけ予備選で敗退した桃党とDCT(Druk Chirwang Tshogpa-政党シンボルは鳥)の票を獲得できるかにかかっていたのだから。

予備選挙の得票率だけを見てみると、鶴党は全体の44.5%を獲得していたが、馬党(32.5%)と桃党(17.1%)を併せると、それだけで既に鶴党を上回っていた。結局、本選挙前に桃党から党首を含む7名の候補者が馬党に移籍した。桃が馬に乗っかったのである!

DPTこと鶴党は、その組織力と資金力においては、他党がその足元にも及ばない程の固定支持層がいた。しかしながら恐らく彼らは普通の国民が日常生活で窮している部分を理解する事に今一疎かった。例えば、現在のブータンの若者の一番の懸念は、「雇用問題」である。馬党は(出来るかどうかは別として)「雇用率100%」を党の公約として掲げた。他方、前与党であった鶴党は「そんな事出来る訳無い。口先だけの約束に騙されないように」と相手の公約を批判する事に終始し、自らインパクトのある具体的な公約を掲げる事が出来なかった。

そして7月13日、何と前野党であった馬党ことPDPが2議席から32議席と大きく議席数を伸ばし、政権を獲得した。

ブータンが2008年に初めて立憲君主制となってから2回目の選挙という事で、海外からもメディアが幾つか入り、選挙結果を自国に向けて報道した。インド関係紙は、本選挙前に「インドがLPGと灯油の補助金打ち切りに踏み切った」問題をあげて、前与党が対印外交に対しての手腕不足であった事が、最大の敗因と挙って報道した。しかし、それはとてもインド的な見方であると、私個人は思っている。普通のブータン人が、国家予算や外交問題に関心があり、それに懸念を抱き、前野党であったPDPに投票したとは、あまり考えられない。殆どの海外メディアは指摘していないが、今回のDPTの最大の敗因は、単純にDNT(桃党)票を取り込めなかった事にあると思う。

そしてもう一つ。少なからず今回の本選挙結果に影響したと思われるのが、ソーシャルメディアの存在である。ソーシャルメディアを通して、DPT関係者達が、その政権下以下にあらゆるプロジェクトにおいて利益を享受していたかが暴露され、それをメディア(新聞やテレビ)が取り上げ、多くの国民の関心を呼んだ。DPTは「事実無根の事例」として、ソーシャルメディアをコントロールする様に選挙管理委員会に要請したが、委員長は「ソーシャルメディアをコントロールする事は事実上不可能」とコメントして取り上げなかった。知らなかった事実を知らされ、ここ5年間で大きなプロジェクトを通して人々の生活における格差が広がったと認識している一般の国民は、やはり前与党に対する反感の気持ちが高まった。

最後に、今回の選挙を通して私が思った事は、2008年に「世界で最も若い民主国家」となったブータンだが、意外にブータン人は革新的な国民である、という事。自らの権限を譲与し、人々に民主政治の重要性と必要性を説いた国王の下、他の南アジアの国々とは異なり、暴力を伴わない政権交代を成し遂げたブータン。やはりこの国は魅力的でまだまだ奥深い面白さがある、と私は改めて思った。

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