日本人ママとキューウィー義父さん (第10回)
第10回:長男、高校3年を繰り返す
エバコナ EVAKONA
学校長
マクリーンえり子
1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ)を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。
(2010年9月15日掲載)
ニュージーランドの学校教育は日本に比べて体験教育が豊富で、その上個性が生かされるシステムだ。特に高校の最後の3年間は選択教科制なので生徒たちは自分が好きな科目を中心に教科を選べる。
私の長男はアートが得意で高校の3年間は必須教科のほかは油絵、製図(グラフィクス)、デザインとすべてアート系の科目で固めていた。
長男が高校生だった当時、ニュージーランドは国家試験制度をとっており生徒たちは日本の高1(NZ11年生)、高2(NZ12年生)、高3(NZ13年生)は年末に国家試験を受けなければならなかった。(注―現在は年間を通してNCEAという国家認定の単位を取得するというシステムに変わった)
そんなわけでアートも毎年、国家試験を受けなければならず、その合格基準はとても高かった。ニュージーランドの学校教育ではどの教科でも常に自分の考えや理論を表現することを要求される。だからアートでも国家試験の基準に合わせて生徒一人ひとりが自分でテーマを見つけ、なぜそれを選んだか、どうそれを表現したかなど説明しなければならない。
高3最後の国家試験提出用の油絵で息子は冬の色と夏の色というテーマを選び、自分の理論に沿って色を使い分けながら、デッサンや遠近表現などの国家試験の基準を盛り込みながら4枚の大きなパネル作成して文部省に提出した。
デザインでは古い博物館が新装開館するという仮想の元で、古い博物館をどう新しくするのか、説明し、構想を図解し、新しいテーマに基づいた新しいロゴをデザインし、開館式の招待状やポスターなどをデザインし、これもやはり大きな4枚パネルにして文部省に提出している。
その年の4学期には私の長男は3つのパネル製作に日夜奮闘していた。志望する大学はニュージーランドの首都ウエリントンにあるビクトリア国立大学の工業デザイン科。すでに自分のアート技術を証明するためのフォリオと呼ばれるパネルを作って大学に送り、それは合格していた。後は年末のバーセリー国家試験の結果で最終決定が下る。
ところがである。結果がきてみるとその国家試験で自信があった油絵の点数がまったく取れなかったのだ。日夜奮闘してぎりぎりに提出した4枚の油絵パネルが生乾きだったようで全部くっついてしまったのだ。他の科目は合格したものの油絵が落第となり、結果としてバーセリーの総合点は合格点に満たなかった。息子のショックは言うまでもない。
これで彼は大学入学をもう一年待たなければならなくなった。その年合格した科目は来年でも認められるので、もう一年高校にもどって、油絵だけやり直す必要があるということになった。ところが義父さんはそうした安直な方法は認めなかった。「1年間高校に戻って1科目だけやるのは賛成しないな。全教科すべてやり直すべきだ。そのほうが彼のためになるし、1年なんて短いもんだよ」と言った。
息子も私も一瞬「えー!」とは思ったが、そのころには義父さんの意見は絶対になっていたし、私もよく考えれば文章力が弱い彼が勉強を繰り返すのはいいのかもしれないという気になった。1年下だったクラスに戻っての1年間は息子にとって大きな試練だったと思うが、その時、彼は親の決定に素直に従うしかなかった。そしてめでたく1年遅れで無事に志望の大学に入学したのである。
試練は人を成長させるというが、その彼の経験は大学に入ってからの自信と力になったようだ。ニュージーランドでは大学の卒業は大変難しいが、4年後には落第することなく晴れて学士号の帽子とマントを誇らしげにひるがえして息子は無事に大学を卒業したのだった。
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