日本人ママとキューウィー義父さん (第13回)
第13回:海の掟
エバコナ EVAKONA
学校長
マクリーンえり子
1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ)を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。
(2010年12月15日掲載)
私たちの住んでいるフィティアンガの町は海辺の町だ。公害とは無縁のこのあたりの海には海の幸が溢れていて、船で繰り出せば湾内でも鯛やしま鯵がよく釣れる。また岩場に潜ればイセエビやアワビも捕れる。
こちらに移り住んで私もすっかり釣りのファンになった。波止場での鯵釣りや浜からの投げ釣りを愉しんでいたが、ある時とうとうモーターボートを衝動買いした。それまでモーターボートなど運転したこともなかったが、買ったときには義父さんに運転してもらえばいいと軽く考えていた。
友達の家からボートが運ばれてくると、早速私は試し乗りに出るべく義父さんと子供たちに声をかけた。釣り道具を積み込み、水と食料、ライフジャケットを積めば準備完了。私はうきうきと出発準備を整え義父さんの出陣をうながす。ところがどうだろう彼は動かない。そして私に「モーターボートのことをどのくらい知っているの」と聞いてきた。「全然知らない」と私。「これは君のボートだから自分でトラクターを運転して海に行き、ボートを自分で動かして愉しむべきだよ。僕は毎回は付き合えないよ」とのたまう。
「エー」と途方にくれる私に義父さんはヨット入門の本を持ってきた。
「これに航海のルールが書いてあるからまずそれから勉強する必要がある」。
そしてまたモーターの説明書を持ってくると、「これも読んでモーターのことも知っておかなければ海に出られないよ」と容赦なく言いわたされた。
結局、その日の試し乗りは延期となり、計らずやその日から義父さんによる私のモーターボート操縦の特訓が始まったのだ。
海上のルールは陸上の交通ルールほど複雑ではないが、湾内の出入りにはやはり交通ルールがある。私はしぶしぶとそれを学び、毎日、外ではトラクターでボートを運ぶ練習を繰り返す。前進はいいのだが後退が全くうまくいかない。結局ボートを牽引しながらバックして船を海に浮かべることができるようになるまで半月ほどかかってしまった。そしてモーターボートのモーターの操作も習う。その重いスターターがスムーズに発進できるようになるまでこれまた特訓を繰り返した。そうこうするうちに私も晴れてやっと出航にこぎつけた。万歳!そうなればしめたもの私もついに自由に船を操って釣りに出られるようになったのだ。
さて、ダイビングにおいてもこんなことがあった。
その夏、私たち一家は友達の大型ヨットで気ままな航海を楽しんでいた。グレートバリアー島へ行き、その周辺で泳いだり釣りをしたり、そして義父さんは末息子とその時に同行していた高校留学生にダイビングを教えることになった。義父さんと子供たちはウエットスーツを着込み、錘やシュノーケルを用意した。義父さんは子供たちに「いいか、ダイビング中は常に相手の位置を確認し、勝手な行動はするなよ」と言い渡す。私は釣りをしながらボートで番をすることになったので4人でディンギーに乗り込み出発した。
しばらく進むとダイビングによさそうな岩場が見えてきた。モーターを止め錨を下ろすと、男の子たちは先を争って水に飛び込み岩場に向かって泳ぎ始めた。船上で準備をしていた義父さんはそれを見ると私に「錨を上げろ」という。ヨットに戻るというのだ。いぶかる私に彼は「彼らは約束を忘れて勝手な行動をとっているから、今日は教えない」という。そして反対する私を尻目にさっさと錨を上げて、エンジンをスタートし、母船に戻ってしまったのだ。
ヨットに戻ってから私は義父さんのやり方にぷりぷりと怒りつつ2人を置いてきたほうをじっと観察する。するとしばらく好きなところでばらばらに泳いでいた二人は置いてきぼりにされたことにやっと気づいたようだ。2人はすっと近づくとヨットの方角を確かめた。そしてこんどは2人で着かず離れず協力しながらヨットに向かって泳ぎ始めたではないか。エディは心配する私に「この辺は安全だから心配はいらないよ」といい、平気な顔をしている。そして無事にヨット戻ってきた2人にも何も言わなかった。
それ以後、義父さんとのダイビングのレッスンは滞りなく進み、彼らはイセエビをしとめるようにまでになって、航海の食卓をにぎわしてくれた。
やれやれ終わりよければすべてよし、頑固親父の断固とした行動はいつも子供たちの頭にスーとメッセージを伝えるようだ。
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