日本人ママとキューウィー義父さん (第3回)
第3回:改革の始まり
エバコナ EVAKONA
学校長
マクリーンえり子
1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ)を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。
(2010年2月15日掲載)
ニュージーランドに住んではいたけれど義父さんが来るまでの私達母子の生活ルールは純日本風だった。
特に母親の大事な役目の一つは料理で、毎日、母親は家族の健康を管理しバランスよくメニューを決めて料理し、家族は黙ってそれを食べる。日本にいた時、日本の夫はいつも夜遅く帰って、新聞を読みながら食べるのが常だったから食事に注文をつけるということも無かった。
だから義父さんと暮らすようになってからも私は当然のように料理を担当し続けた。そしてそれが10年以上も自炊をしてきて、日本食にもなじまなかった彼にとっては便利なようで不便なことだということに気づかなかった。
ある日「君は僕のために料理をしてくれなくても良いんだよ」と言い出した。意味が分からず怪訝な顔をしている私に「君は自分の食べたい物を作ってくれていいんだ。でも時々僕がそれを食べずにトーストを焼いて食べたとしても気にしないでほしい」と。
私は一瞬あっけに取られた。「なに、私が作ったものが食べられない!」となり、子供が生まれ主婦になって以来私が誇ってきた母の味、母の努力をこの人は認められないのかと私は傷ついた。
次に義父さんは「子供達には自分で弁当を作らせろ」と言い出した。
それまで私は毎朝一番に起きては子供達を起こし、弁当を作り、10時のおやつや飲み物を詰めて学校に送り出していたのだが、それをやめろというのだ。
子供達はなんとかとそれを受け入れたが、私はダメだった。それでも妥協して毎朝弁当の材料になりそうなものをテーブルに出しておくことにしたが、しばらくは子供たちが何を持っていくか気になって仕方がなかった。そしてずぼらな長男がジャムだけのサンドイッチを持っていこうとするとつい一言言いたくなった。
そのうちに不思議なもので子供達は自分で作るサンドイッチを好むようになり、チャンスをみて私が作ってあげようと言っても断るようになった。
そうなると母親はあきらめるしかない。
そしてついに「子供が弁当を忘れても届けない」というルールも導入された。
「空腹を経験すれば次には忘れなくなる」というのが義父さんの理屈だ。これも子供達はすぐに馴染んだ。そして「起こさない、作らない、届けない」と呪文のように唱えながら自粛している母を尻目に「今日、友達のお母さんがクラスの途中で弁当をもって教室に入ってきたんだ。友達恥ずかしそうだった」と言い出すしまつ。
子供達は目に見えて私の手から離れていくようだった。
そんな風に子供達は少しずつ自分のことは自分で責任を取ることを学びはじめ、それで得る自由の方を選択するようになっていった。私にしてもいつの間にか最初のショックを乗り越え始めた。
義父さんに「子供達のミルクやオシメの時代は終わったんだ。これからはそれに使っていた時間で子供達と話したり、何か一緒に楽しんだりしたらいいよ」と言われ私も少しずつ納得していった。
そんな風にキーウィー義父さんによる我が家の構造改革は日々進んでいったのだった。
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