日本人ママとキューウィー義父さん (第7回)
第7回:自給自足の教え (1)
エバコナ EVAKONA
学校長
マクリーンえり子
1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ)を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。
(2010年6月15日掲載)
私達の住んでいる10エーカーのファームは一般にニュージーランドでは“プレジャーファーム(趣味の農場)”と呼ばれ、ビジネスでやっている酪農場や食肉用の牧畜農場とは区別される。
それでも一応農場ではあるので牧草の管理はビジネスファームと同じようにやらねばならない。それで私達も常に牛を飼って牧草が伸び放題にならぬよう調整しているわけだが、義父さんが来て以来、私達は乳離れしたばかりの去勢した子牛を買い、それを1年か2年育てては売るというサイクルを繰り返している。それ以上大きくなると力も強くなり気性も荒くなるので私たちのような町中の小さなファ-ムでは飼うのが難しいからだ。
また牛を買うときは季節や天候を考え、牧草の量や伸びを予測して頭数を決める。大体いつも10エーカーで10頭前後だ。1エーカーで1頭と聞いて私は初め驚いた。10エーカーで50頭ぐらい詰め込めると思っていたからだ。するとオーストラリア人の友達が「私の育ったオーストラリアのファームでは暑くて乾燥しているので牧草が伸びにくく10エーカーに羊が1匹しか飼えなかったわよ」と教えてくれた。そうか動物の頭数は土地の肥沃度や天候で決まるのかと私は初めて気が付いた。
子供達が食べ盛りになると、私達も一般のニュージーランドファーマーの例に倣って年に1度その手飼いの牛を1頭殺し、加工して家のフリーザーにストックした。どの牛を家庭の食用に殺すかというのは毎回義父さんが決める。たいがいグループの中で一番小さかったり、塀やぶりの常習犯だったりと売りにくいのを選ぶのだが、子供が小さい時には家の子供達は無邪気にも選ばれた牛に“ハッピーミール”などと名前をつけたりしたものだった。
さて、1頭つぶすことが決まると、私達は町の“ホームキル”という食肉加工業者に申し込む。
私達母子が初めてそれを経験した時、義父さんが「一度見ておくといいよ」と言った。
その日、肉屋のおじさんは銃を持ってやってきた。そして指定した牛にさりげなく近づくと1発で眉間を仕留めた。他の牛達は倒れた牛をオヤといった表情で見てはいるもののパニックする様子はない。肉屋のおじさんは早速その場で解体を始める。頭をはね、内臓を出し、トラックに内蔵された大きなフックを操作して大きな肉塊をつるし上げる。そして見事な手さばきであっという間に牛の皮を剥ぎ取るとそのまま肉の塊をトラックの収納庫に運びいれ引き上げていった。その手際のよさに私達は気持ち悪がる暇もなくただただ感心してみていた。そして考えてみればサイズの差はあっても魚をさばくのと変わらない訳だと気がついた。
そうして運ばれていった肉は1週間ぐらいしてステーキ用やロースト用、ソーセイジやひき肉となって戻ってきた。初めて自分の家で飼っていた牛を料理した時、私は子供達がどんな反応をしめすかと少し心配だった。
私が「これはハッピーミールよ」と言うと子供達は 「ウーン、うまい!」
と言う。義父さんも「ちゃんと世話した甲斐があったね」と言う。
そうなのだ。ニュージーランドに来て、私達は平和に育ち、恐怖せずに昇天していった肉と人間に追いまわされて恐怖に引きつって死んだ肉とでは味が全然違うのを経験した。前者は美味しく、後者は固くて不味いのだ。それは不思議なほど明らかに違っていた。
私達がニュージーランドに来たばかりの頃、学校から帰ってきた娘が
「驚いたー」と言って報告するには「今日、友達が“これは私のペットの豚だったのよ”って言いながらニコニコしてベーコンを食べていたよ」だった。
牧畜国の人間にとって食肉用の動物を殺すということは日常茶飯事で、それは動物達の使命なので決して感傷的にならない。そしてそれが生きている間は大事に世話をしてその生命を尊重し、無駄な殺生は決してしない。私達母子にとって育てた牛を最後に殺す所まで見届けるという経験は、その後に続いていったニュージーランドでの生活の中でも意味のある経験の一つだった。
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