日本人ママとキューウィー義父さん (第5回)
第5回:馬を売る話
エバコナ EVAKONA
学校長
マクリーンえり子
1950年、東京生まれ。大学卒業後に1年間イギリスに滞在、帰国後は海事広報協会の旬刊紙「海上の友」記者。結婚して3人の子をもうけるが、1989年に母子4人でニュージーランド(NZ)に渡り、その後NZ人と再婚。1990年から地元の公立高校で日本語教師として教える。2001年に退職し、高校に隣接した場所で、NZの大学や高校に留学を希望する生徒たちのための準備校・補習校として語学学校EVAKONA(エバコナ)を開校する。2008年8月には共同通信社発信、日本全国34紙で掲載中の「日本遠望」でその教育活動が紹介された。ニュージーランドから電話、スカイプでの無料教育相談も受けている。
(2010年4月15日掲載)
ニュージーランドに渡ってからすぐ、娘は乗馬を習い始めた。乗馬の先生グレタはオランダ人で、乗馬暦が長く、優雅なドレッサージの名手だった。ドレッサージとは馬場でいろいろな技法で馬を乗りこなす競技で、馬に技を教え、乗りこなすには忍耐強い練習が必要だ。
娘は最初トインクルという利口で穏やかな老馬を借りてレッスンを始めたが、しばらくすると自分の馬が必要だということになり、スパイダーマンという異名をもったこげ茶のおす馬を買った。ニュージーランドでは馬の売買は乗馬愛好者の間では頻繁に行われていて、地元の乗馬クラブを通して友達の馬を買ったり、新聞の広告を見て買ったりする。私たちはそれまでまったくそうした経験がなかったので、グレタの勧めで娘と同じ年の女の子が乗っていた馬を紹介してもらって買うことになった。
このスパイダーマンはとても変わった馬で、まったく孤独に弱い馬だった。パディック(牧草地)に自分ひとりでは一分もいられない。ハイジャンプの名手なので、自分1頭だけと悟るや否や柵をジャンプして飛び出し、他の馬を探し回るという悪癖があった。
でもスパイダーマンと娘は気が合い、彼を通して娘は乗馬への自信つけていった。そうこうする内に地元の乗馬クラブに入っていた娘のドレッサージやショージャンプの腕前もだんだん上がっていき、ついに彼女もスパイダーマンよりも大きい上級の馬に乗りかえる必要がでてきた。
当時16歳だった娘に義父さんは「馬の売買をすべて自分でやってごらん」といった。娘は新しい馬を見つけると同時に、スパイダーマンの買い手も見つけなければならない。さっそく娘は乗馬クラブを通して馬の売り手と買い手を捜し始めた。幸い娘の学校のクラスメイトのアリソンがさらに上級の馬に乗り換えるために自分の馬の買い手を捜していた。値段も手ごろで、スパイダーマンを売って、少し足せば買えそうだ。
アリソンの馬はラスティーという名前のすらっとした栗毛のうまで、ドレッサージもうまく、気性も穏やか、人間の男嫌いという妙な癖があったが、娘は最初の試乗で気に入った。これで買う馬は決まったが、スパイダーマンの買い手が見つからない。娘は自分の愛馬を優しい女の子に売りたいと乗馬クラブに張り紙をしたりして探し回った。
そんなある日、町の近くの丘で乗馬教室を始めた女性がスパイダーマンを買いたいと言ってきた。その人はやってきてスパイダーマンをひと目見ると「買う」という。でも、それまで次の持ち主も優しい女の子と思い込んでいた娘はスパイダーマンがいろいろな人が乗る練習用の馬になると聞くと心を痛め、その人には売りたくないと言い出した。
義父さんはその成り行きをじっと見守る。そして悩む彼女につい私が口を出しかけると、逆に娘に「自分でやるからほっといて」とたしなめられた。
娘はついに決心をしてその女性に断りの電話をいれたが、ずいぶんいやみを言われたようだった。その後2.3日して突然、若い女の人がスパイダーマンを見にやってきた。小学生の甥っ子のために馬を買いたいという。娘は大喜びでその人にスパイダーマンを売ることにしてその件は一見落着したかのようだった。だがその後しばらくしてその若い女性が実は乗馬教室の女性に頼まれて嘘をついてスパイダーマンを買ったことがわかり、娘はずいぶんがっかりした。
それでもその後、乗馬教室の子供たちをのせて浜辺を走るスパイダーマンのハッピーな様子見かけるようになって娘もだんだん納得していったようだ。
義父さんに促され、初めて馬の売買を自分でするという経験をして娘はちょっぴり大人になった。そしてそれは後にラスティーを売るときの自信にもなったようだ。ラスティーの時も何人かの人が馬を見に来て、ひとりの女性は馬を自分のファームに連れて帰って試乗したいと言い張ったが、車での移動中にラスティーが足を痛めたら困るよという義父さんの助言を聞いて、娘はきっぱりと断った。もちろんそのディールは不成立。そしてラスティーは最終的には娘が願っていた通りの優しい少女の手に渡っていった。
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