グローバルキャリア塾 連載コラム

アジアの熱風 (第10回)

第10回:深夜の空港の風景

英文毎日室長、ザ・マイニチ編集長

西尾 英之(にしお ひでゆき)

1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。

The Mainichi

(2013年3月1日掲載)

成田空港のターミナルビルは深夜の最終便から早朝の始発便まで閉鎖され、ターミナル内で一夜を明かすことはできない。だがバンコク、シンガポール、ニューデリー、ドバイなどアジアや中東の大空港は、航空機が24時間発着し深夜も人があふれている。

深夜から未明にかけてどの空港でも目にするのが、ターミナルのいすや床に寝そべり眠り込んでいる旅行者だ。欧米からのバックパッカーもいるが、肌の色の濃い、それほど豊かそうにはみえない男女が目立つ。いったいどこへ行くのだろう。その多くは、一獲千金を夢見て故郷を後にし、サウジアラビアやアラブ首長国連邦、シンガポールなど中東やアジアの豊かな国へ向かう出稼ぎ者だ。

イスラマバードの毎日新聞支局で働いていたパキスタン人6人の半数が海外への出稼ぎ経験者だった。取材助手のシャビル君は「豊かな国で仕事を得たい」とマレーシアに渡った経験がある。料理人のハリリさんは10年近くサウジアラビアでコックとして働いた。助手のアシム君は自身は出稼ぎ経験はないが、父親は生活費を工面するため20年以上、ドバイの銀行に勤務。アシム君は大人になるまで、父と顔を合わせるのは数年に一度の帰省時だけだったという。

出稼ぎを経験して帰国した彼らに共通するのは「二度と行きたくない」という思いだ。「収入はパキスタンで働くよりも何倍もよかったが、朝食の用意が始まる朝4時から皿洗いが終わる深夜まで働かされて、休日もほとんどなし。サウジの人は我々を人間扱いしなかった」とハリリさん。高利貸から多額の渡航費を借りてマレーシアに渡ったシャビル君は、借金に見合う稼ぎを得られないまま数カ月で帰国。「失敗だった」というだけで深い理由を語らない。

それでもパキスタン人は中東への出稼ぎでは恵まれているという。イスラム教国の中東では出稼ぎ者の宗教や国籍によって明確な「格差」がある。南アジアからの出稼ぎ者では、イスラム教徒のパキスタン人が筆頭。ヒンズー教徒のインド人、仏教徒のスリランカ人の順で扱いが悪くなる。「サウジの人は、腹の底では日本人だって人間だとは思ってはいないですよ」。ハリリさんは私に真剣な顔でそう忠告した。

サウジアラビアではこの数年、出稼ぎ家政婦として働いていたインドネシアやスリランカの若い女性が、殺人などの罪を犯したとして斬首刑に処せられる事件が相次いでいる。裁判の内容は一方的に出稼ぎ女性側に厳しい。外交問題に発展し、両国は家政婦としてサウジに渡航することを禁じる措置を取った。

だが、貧しい国と豊かな国の格差がある限り国境を越えた出稼ぎはなくならない。砂漠と石油の国で刑死した彼女たちも、最初は希望と不安をないまぜにしながら緑豊かな故郷から旅立って行ったはずだ。どこかの大空港の床で無防備に眠り込んでいるアジアの人たちをみかけたら、21世紀になった今も解消しない貧富の格差に根ざす、そんな現実に思いを馳せてほしい。

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