グローバルキャリア塾 連載コラム

アジアの熱風 (第21回)

第21回:「タイ式」クーデター

英文毎日室長、ザ・マイニチ編集長

西尾 英之(にしお ひでゆき)

1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。

The Mainichi

(2014年6月1日掲載)

タイの軍事クーデターには「不文律」があるといわれる。一つは、クーデターを起こした軍部が国王の支持を得ること、もう一つは「死者」を出さないこと。これらが守られればタイのクーデターは成功だとされてきた。

5月22日に起きた今回のクーデターで、全権掌握を宣言したプラユット陸軍司令官はプミポン国王からクーデターへの支持を取り付けた。軍は政権の閣僚らを拘束したが身体に危害を加えることはせず、バンコク市内に兵士が展開したものの、死者は出ていない。その意味で、現時点では今回のクーデターも「成功」した。

タイの現代史はクーデターの歴史だ。1932年の立憲革命で絶対王政から立憲君主制に移行してから、数え方にもよるが軍部によるクーデターは十数回を数える。「国王による調停」と並んで「軍部によるクーデター」は、行き詰まった政治状況を打開し新たな道を切り開くための手段として受け入れられてきた。

日本や米欧の「民主主義」は選挙結果がすべてだ。国民の意思の表れである選挙結果に異議を唱えることは、誰にも許されない。だがタイは違う。選挙結果が「誤り」であれば、国民の上に立つ国王、あるいは軍がこれを正すことも許される。これがよく言われる「『タイ式』民主主義」だ。

「タイ式」は、かつて日本にもあった封建制度にも似たシステムだ。第二次大戦で敗北した日本、植民地化されたマレーシアやミャンマー、共産主義革命を経験したインドシナ半島など、アジアの各国はそれぞれ国が根底から覆るような大異変を経験し、新しい社会の仕組みを作り上げてきた。植民地化されず、共産主義の嵐からも逃れたタイだけが、そのような変革を経験していない。だから古い仕組みがそのまま残っている。

伝統的な政治、社会システムを現代流にアレンジした「タイ式」は、それなりにうまく機能してきた。国民の国王に対する信頼が、政治家に対するよりも上回っていたからだろう。国王や軍は信頼に応えて東南アジアでも一、二を競う経済成長を実現させ、国民の生活水準をほとんど日本と変わらないレベルにまで引き上げた。過去のクーデターでは、市民が街中に進駐した兵士に花束を贈ったり、兵士や戦車の前で記念写真を撮るような場面ばかりが目立った。「タイ式」への信頼を背景に、クーデターは概ね国民の支持を得てきた。

だが今回の動きを見ていると、これまでとは少し雰囲気が違う。バンコクの都心部に人々が集まり、「自由を」「クーデター反対」などと書かれたプラカードを持って公然とクーデターへの反対を訴えている。タクシン元首相派政権の閣僚の一人は、外国メディアに対しクーデターに反対する記者会見を開き、テレビカメラの前で軍兵士に連行されていった。

国王が承認したクーデターに異を唱えることは、下手をすれば「国王への反対」と受け取られかねない。クーデター直後の最も緊張した時期に、おおっぴらにクーデターに反対する行動を取る人々がこれほど目立つことは、私にとっては驚きだ。

今、街頭で反クーデターを訴える人は国民のごく一部だ。だが国民のクーデター、あるいは「タイ式」への信頼感は揺らいでいる。2006年の前回のクーデターで軍は当時のタクシン首相を追放したが、その後も選挙のたびにタクシン派が勝利し、選挙以外の手段で再び反タクシン派が政権を握るという繰り返しだ。農民層は、経済成長で生活が豊かになったことで政治意識を高め、選挙で自身に有利な政府を誕生させることを学んだ。タクシン派と反タクシン派の対立を「タイ式」では解決できなくなったことは、誰の目にも明らかだ。

これまでのクーデターなら、軍司令官が全権を掌握し国王の支持を得れば、それで成功だった。「タイ式」が揺らぐ状況で実行された今回のクーデターは、今後がまったく見通せない。プラユット司令官は、タクシン派のインラック前政権が打ち出したコメの高値買取政策の継続を打ち出した。なんとかタクシン支持の農民を懐柔してこれ以上の混乱を食い止め、社会秩序を守り抜きたい意図だ。タイが変革へと進むのか、それとも伝統社会の継続を選ぶのか。この国の行方を見守るしかない。

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