アジアの熱風 (第20回)
第20回:世界最大の選挙戦
西尾 英之(にしお ひでゆき)
1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。
(2014年4月1日掲載)
4月から5月にかけて、インドは最高気温が40度を超える最も暑い季節を迎える。5年に一度、この季節に行われるのがインド下院の総選挙だ。今年は09年以来の実施年に当たり、すでに選挙戦が始まっている。
有権者は8億1450万人。5年前の前回からほぼ1億人増えた。インドよりも人口の多い中国では全国民が参加する選挙は実施されておらず、インド総選挙は間違いなく「世界最大の選挙戦」だ。投票所は計93万カ所に上り、全国を9つのブロックに分けて4月7日から5月12日まで順次投票が行われる。結果判明は一斉開票日の5月16日だ。
「選挙とは人が死ぬものだよ」。前々回2004年の総選挙を現地でカバーした際、地元の記者にそう脅された。その意味は選挙戦が始まるとすぐにわかった。候補者の多くは地方のボス。激しい選挙戦に「配下」の住民同士の暴力的な衝突が各地でひん発する。一部の州では過激な共産主義グループが選挙妨害のため候補者や投票所への武装襲撃を繰り返す。正確な数字はわからないが、1回の総選挙の死者は全土で1000人を下回らないだろう。
総選挙の投票の受け付け。投票済みの有権者の指にインクで印を付け、二重投票を防ぐ。 (北部ジャム・カシミール州で2004年、西尾写す)
政党は有権者の支持を得ようとあらゆる手を尽くす。毎回問題になるのは、食品や公共料金の値下げなど、貧困層の支持を得るためのポピュリズム(人気取り)的な公約だ。各陣営はもっと露骨な買収策を考え出す。04年の選挙では、ある陣営が「候補者の誕生日祝い」だとして有権者に無料で衣服を配る会を開催。地元住民5000人が殺到して将棋倒しが起き、女性や子供数十人が圧死した。多くの死者が出たためこの事件は広く報じられたが、同じような金品のばら撒きは各地で行われニュースになることもない。
暴力とカネにまみれた選挙戦ではあるが、それでもアジアやアフリカの他の国に比べると、インドでは選挙制度に基づいた民主主義が正しく機能している。どんな政権でも選挙で敗れれば退陣し、その結果に軍部が口を挟むこともない。「選挙結果がすべて」というルールが徹底されているのだ。
当たり前だと思うかも知れないが、軍部や王室につながる支配層がタクシン派勝利の選挙結果を受け入れず混乱が続くタイ情勢を思い出してほしい。多くの国では選挙結果が半ば公然と「操作」されるか、軍部のクーデターなどで「国民の意思」であるはずの選挙結果そのものが否定されることがよくあるのだ。
04年の総選挙では大方の事前予想を覆し政権与党「インド人民党」が敗北、野党「国民会議派」が勝利した。インド選挙取材が初体験だった私は開票日の夜、ヒンズー原理主義勢力に近く強硬派のイメージがある人民党のまさかの惨敗に「今後スムーズに政権交代が進むのか」との不安を抱いた。だが杞憂に終わった。首相は夜のうちに敗北を認め退陣を表明。翌日には会議派を中心とした組閣の動きが始まり、数日のうちに新政権が発足した。
インド人は政権トップから貧しい農民まで、よく自国のことを「世界最大の民主主義国」と自慢する。選挙結果の尊重というルールの徹底は、こうした国民全体の意識に支えられている。政治家たちが必死になって多数派である貧困層の支持を得ようとすることは、少数派のエリート層が多数派を無視して国を支配するどこかの国に比べれば、はるかに健全だと思う。ポピュリズムの行き過ぎはあるし、選挙後に公約が実行されるかが問題だが、これはどの国にも共通した課題だ。
投票日当日にはどの投票所にも有権者の長い行列ができる。予想では今回の選挙では会議派が劣勢で、10年前に敗れた人民党が政権を奪い返す勢いだという。もちろん10年前のケースもあり、結果は開票日までわからない。今後5年の国の舵取りをだれが担うのか。これからの1カ月半の間、暑いインドはさらに選挙戦でヒートアップする。
▼投票に使われる電子投票ボックス。有権者はボタンを押すだけ。
(北部ジャム・カシミール州で2004年、西尾写す)
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