アジアの熱風 (第16回)
第16回:バンコクの命の値段
西尾 英之(にしお ひでゆき)
1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。
(2013年10月1日掲載)
バンコクの自宅の賃貸マンションに備え付けの古いエアコンは、よく故障した。修理費は大家が支払うので問題ないのだが、修理のたびに肝を冷やし、これ以上故障しないでくれと祈るようになった。
エアコンの室外機は窓の外。幅30㌢ほどの狭いひさしのようなスペースに据え付けてある。我が家は10階。修理人は命綱も付けずに柵のないひさしに出て作業をするのだ。日本でならば、地上30㍍はあるこれほど狭いスペースで命綱なしで作業することはありえない。ここで転落して命を落とされては一生寝覚めが悪い。修理人は平気だが見ている私が恐ろしく、何回目かの修理から私は、あえて別室に閉じこもり修理現場を見ないようになった。
日本で暮らしているとわからないが、海外に出ると気がつくことがある。その一つが日本社会の「命の重さ」だ。時速100㌔以上で車が飛ばす高速道路で、わずかな車の間隔を縫うように横断する住民。サリー姿で高層ビルの建築現場に上るインドの女性労働者。様々な法規やルールでがんじがらめにされた日本社会では考えられない姿だ。これでは事故が起きないのが不思議だ。
私が駐在したアジアの国々では、とにかくよく人が死んだ。交通事故に労災事故、天災、犯罪、テロ、警察や軍によるデモ隊への発砲。そして戦争。人の生き死にを記事にしてメシの種にしている新聞記者としての実感から言うと、タイの人1人の命の重さは日本の3分の1。インドは10分の1から、へたをすると100分の1程度だろう。
日本社会の最大の美点は「人の命の重さ」だと思う。経済的に豊かになり「人命の値段」は高騰した。人を死なせれば莫大な経済的、社会的代償を支払わなければならないから、行政も企業も個人も命を守ることに尽力する。生活に余裕があるから他人の悲しみへの共感や同情も深い。経済成長を果たしたから命の価値が重くなった、というのではあまり面白くないが、「貧しいから命が軽い」というよりはよほどましだ。
貧しい社会では「命を守る」ことに大きなコストをかけられない。死者9万人超のパキスタン大地震や、22万人以上とされたインド洋大津波。大きな天災ではあるが、例えば日米のような津波警報システムがインド洋に整備されていたら、あるいはパキスタンに日本なみの建築基準法が整備されカネをかけた建築が行われていたら、死者数はここまで大きくならなかったはずだ。
だが東日本大震災で、アジアの途上国に比べて万全のはずだった日本社会も災害に脆弱であることが暴露された。規制緩和の名のもとに「命を守るため」の規制やルールも取り払われる傾向にある。
多少非効率でも、規制に縛られ商売がしにくい社会でもいいじゃないか。日本は人の命を守るためにこれだけのコストをかけています。弱者に配慮した社会です。アジアのみなさんも我々の後に続いてください。コスト負担は苦しくても、胸を張ってそういえる社会を守らなければならないと思うのだが、どうだろうか?
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