アジアの熱風 (第8回)
第8回:生き馬の目を抜くインド
西尾 英之(にしお ひでゆき)
1963年生まれ。87年毎日新聞入社。福島支局、社会部などを経て03年から特派員としてパキスタン、インド、タイの各国に駐在。12年4月から現職。
(2012年12月1日掲載)
「学校の夏合宿のために寄付をお願いします」
インド・ニューデリーのオフィスに学校の制服姿の少女の一団が訪れ、中の一人がおずおずとそう言った。昨年の合宿で撮影したという写真集まで持っている。少しの金額を寄付してあげようと用意していると、インド人のスタッフが「外国人狙いのサギ。払っちゃダメです」とストップをかけた。
インドに住み始めたばかりの外国人はこの手のサギに狙われやすい。「奥さんが注文したガス管を届けに来ました」。自宅を訪れた2人組の男にガス会社の身分証を示され、言われるままに500ルピー(約1000円)を支払った。後で妻に聞けば「そんな注文はしていない」。2人組は妻が外出するのを見計らって訪ね、二束三文のガス管を法外な値段で売り付けたのだ。
中国に次ぐアジアの経済大国として急成長の真っただ中にあるインドでは、誰もが努力するか、あるいは少々の悪知恵を働かせればカネもうけが可能だ。「成長するインド」に吸い寄せられて集まる外国人は、一部のインド人には、ネギをしょって現れたカモのような「カネづる」に見えるのだろう。
外国人からカネを巻き上げるには、語学や話術のテクニックも必要だ。「母さんが病気だ。きのうから何も食べていない」。デリーの繁華街で、たどたどしい英語で哀れっぽく小銭をせがむ少年に「10ルピーあげるよ」と話しかけたところ、少年に「10ルピーじゃない。10ルピーズだろ」と「複数形」の間違いを指摘された。
少年は「そんな簡単な英語の基本も知らないのか」とでも言いたげな、勝ち誇った顔を見せた。あまりに見事な、哀れな口調からの一変ぶり。君ね。その演技と英語の能力、物乞いよりも他の仕事に生かせよ。そう思う一方で、「この子は将来、たくましい商人になるだろうな」と妙な感慨にとらわれた。
もちろん12億人のインド人すべてがそうだとは言わない。だが,庶民の生存競争が激しいデリーなどの都市部の社会は、「生き馬の目を抜く」という雰囲気がぴったりだ。
日本人は外国人と付き合う際、つい遠慮がちになったり、相手のいうことを疑わずに信じたりしがち。たくましいインドと付き合うには、「お人よし」だけではない気構えも必要になってくる。
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