ニッポン人のさとり方 (第58回)
第58回 ある贅沢な悩みと旅と起業について
松岡 祐紀さん 株式会社ワンズワード
代表取締役、写真家
松岡 祐紀
19歳でスコットランドのエディンバラに留学。NYにてスタジオアシスタントを経験した後、ロンドンに在住。帰国後はフリーランス・フォトグラファーとして活躍。2009年にノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏の「ソーシャルビジネス」という理念に感銘を受け、株式会社ワンズワードを起業。レッスンの質の高さを売りにしたオンライン英会話スクール「ワンズワードオンライン」を立ち上げる。
2011年よりブエノスアイレスへ移住、さらに第三の故郷としてメキシコシティに居住。2014年3月に中南米・南米の英語学習者のためにスペイン語版、ポルトガル語版、英語版のオンライン英会話スクールを開設。現在は、ブエノスアイレス、メキシコシティ、日本を行き来して、ソーシャルビジネスの理念の普及と事業拡大を目指している。
(2015年5月1日掲載)
人はなぜ旅をするのか。
ただ、その理由を考えるのは少し野暮な気がする。
もしかしたらちょっとした麻薬のようなものなのかもしれない。
旅の魅力に取り憑かれた人間は、それが習慣化され、いつのまにか旅の常習者となってしまう。
2,3ヶ月どこにも行かないと、ある種の強迫観念に駆られて、まだ見知らぬ土地へと思いを馳せるようになる。18歳の頃に一人で生まれて初めてヨーロッパを旅した興奮はもう一生味わうことはないかもしれないが、いまだにどこか知らない土地へ行くと、それなりに興奮する。
あの頃に比べると英語は話せるようになり、またスペイン語も身に付け、どこでも仕事が出来る環境も整っている。世界中にいる友人ともFACEBOOKで繋がっていられる。
環境は劇的に変化し、スマートフォンがあれば、いつでもどこでも仕事は出来る。
ただこの「いつも何か繋がっていられる環境」に少々嫌気が差しているのも事実だ。寝ている時も食べている時も、スカイプのチャットに呼ばれるし、メールは24時間いつでも容赦なしに送られてくる。
以前は知らない土地へ行けば、そこの生活に順応するように努力したし、日頃の生活とは全く違ったリズムで生活出来た。だが、今はイタリアの孤島へ行こうが、メキシコの小さな漁村に行こうが、大抵の場合はインターネットがあり、当然のように普段と同じように仕事をしている。
旅をすることによって、自分の生活のリズムを変えることはなくなった。
「旅をする」という行為の魅力の大部分を失ってしまった気がする。
だからと言って、過去に郷愁を感じているわけでもない。むしろ、今のテクノロジーのおかげで、いつでもどこでも生活出来ているわけだから、感謝をしている。
あれほど自分自身が礼賛していたインターネットや最新のテクノロジーによって、自分の大切なものが密やかに、人知れず失われてしまった事実にふと気が付いただけだ。
世界中を自由に旅して、気に入った国に住める自分の仕事環境がじつは、ほかの人たちよりもよほど定型化された生活を強いて、365日毎日同じことをしている錯覚に陥る。
もちろん、ひどく贅沢な悩みだし、もっと生活を充実させる方法を模索する必要性も感じている。
旅をするストレスもインターネットのおかげで激減され、旅のチケットもホテルも事前予約し、おいしいレストランも自分の足で探すよりもネットで探すようになった。
知ることが増えれば増えるほど、発見することは少なくなる。
単純なことだ。
もしかしたら、僕たちはものすごく贅沢な時代に生まれたのかもしれない。
インターネットがない時代に旅を始め、そしてインターネットが急激に発達した時代でも現在進行形で旅をしている。自分自身で何かを発見することでしか情報を得ることが出来なかった時代の旅は、今の苦労の数十倍はあった。だが、それで得られる経験は何事にも代えがたい経験だったと今でも思う。
読書と旅は、経験を得るための最善の手段だと思う。
そして、最近では起業もそれに含まれるかもしれないと思うようになった。
起業すれば、地図を持たないで旅をすることが出来る。10代の頃に一人でシベリア大陸を横断した経験に匹敵するほどの心細さと高揚感を30過ぎても、40過ぎても常に味わえる。
もちろん、それを楽しむ度量があるのかどうかは個人によるが、少なくても旅の常習者としては、常にそのような気持ちを持っていたいと思っている。時代は常に進化し、これからも今は想像できないようなテクノロジーが生まれてくるのだろう。そうして、それに影響を受けて、我々の生活にも劇的な影響を及ぼすことは確実だ。
だが、だからといって自分たちの生活の質が上がるとは限らない。
それによって失われるもののほうが大きい可能性が高い。
そのことに注意しながら、また新しい生活の手段と武器を考えていく必要があるのだろう。10代の頃に起業と旅を同一視することが来る日なんて想像していなかったように・・・・
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